34 posts categorized "人"

2007.05.07

「授乳」とメディアにアピールする自意識

[] 思えばヤワラさんは全国区になった時点から,ある意味「勘違い」をし続けてきた。そもそも「ヤワラちゃん」というあだ名も自分でテレビでアピールしてつけたものだ。まだその頃は彼女も子供だったから,マスコミも何も言わなかった。それがいけなかったのかもしれない。

 いや,別に柔道家としての彼女を貶めるつもりはない。気を遣っているわけでもなく,媚びるわけでもないが,柔道の試合中の彼女は,「非常に美しい」。闘う人間だけが持つ純粋で真剣な目をしているからだ。闘っている最中の彼女は無心であり,ある頂点を極めた者だけが持つ雰囲気を持っている。
 しかし,マスコミの前の彼女にはイラッと来ることが正直多い。「これがオリンピックの時のナマ帯なんですけど」とか「前人未到の6連覇」とか自分で言ってしまうところもそうだが,大学に入ったあたりからやたらと「オンナ」をアピールするようになってきた。「前人未到」などの発言については,本当は他人がいうだろう台詞を頭の中で彼女自身がなぞってしまう,つまり,他人から見えている(だろう)自分の像を丁寧にプレゼンしてしまっているのだろう。だから,本当は変なことに気がつかない人も多いかもしれない。気づくか。
 しかしだ。「オンナ」の方はどうだろう? 正直彼女にそれを期待してる人は多くないだろと思う。実は多かったりするのか,胸元が開いたセクシードレス姿とか,濃いめのアイシャドーとかにグッと来る人が。でも,敢えて言っとく,「勘違いだ」と。
 その「勝手なプレゼン」と「オンナ性」の頂点が,あの結婚式であったと思う。たまたま入ったそば屋のテレビで映してやんの。そば屋のおばちゃん,見入ってるし。15分くらい私ら夫婦もその映像を見たが,とてつもない見せ物だった。いや,披露宴なんてもともと見せ物の要素があるけど,ヤワラさん自身の

私の晴れ舞台! みんな,私を見て!! この料理もドレスも私が考えたのよ!

という意識が強く感じられ,15分見ただけでくらくらした。ある意味で谷という男は,前人未到の偉業を達成したといえよう。
 
 
 そして,全日本選手権における「授乳」アピール。別に授乳するなとか,授乳のことを他人に言うなと言ってるわけではない。なぜマスコミにアピールするかが問題である。
 育児することに対して大会主催者の対応が悪いからマスコミにアピールするということもありうるんだが,何しろ,ヤワラさんですよ。全日本選手権で優勝しなくても世界選手権の代表になったヤワラさんだ。そのくらい対応してくれるだろう。ライバルの選手もおそらくニュースは見るだろうが,最大のライバルが「授乳が大変で〜」って言ってたらどんな気持ちになるか。萎えるか怒るかのどちらかだ。でも,その効果を狙ったのでもなさそうだ。
 今まで続いてきた「オンナ」性の発露なんだろうが,母性をアピールして一体何になるのか? 「ホント,授乳って大変でー,私も分かりますぅ。谷選手ってスゴイですねえ!」って反応を期待しているのか? そんな反応来るほど世の中ゆるくないだろう,と思っていたら,mixiの最新日記見てたらそんなのを3つくらい見つけてげんなりした。本当にいるんだ。そういう人達。
 母性をアピールするだけで食べている芸能人は,いまだにたくさんいるし,今後もなくならないだろう。残念ながら。しかし,ヤワラさんが母性をアピールすることにそういう何らかの見返りがあるとも思えない。故・ナンシー関が予言していたように,やっぱり「選挙出る」のか。選挙対策だとしたら,母性アピールの理由は説明つくんだけど。「巨人の選手の奥さん」って肩書きもついたし,万万歳だ。

| | Comments (12) | TrackBack (2)

2006.07.26

思わぬところで阿部祐二が注目されている

[][] 阿部祐二という芸能レポーターがいる。「ルックルック」以降の日テレ系列の朝のワイドショーにずっと出ている、割と若く見える(といっても、もう50近いけど)レポーターである。阿部祐二は元俳優であり、「特捜最前線」ファンにとっては、杉敏夫刑事役でお馴染だった。といっても、評判が悪い最晩年特捜なんだけど。特捜に限らず、刑事物には結構出演していたが、いつの間に芸能レポーターに転向してしまった。取材される側から取材する側に移ったわけである。そして、意外なほど安定してしまった。ある意味、特捜に出ていた他のメンバーよりも安定している。当時は1番格下だったのに。


 そんな阿部祐二が思わぬところで注目されている。ナナナナナナント! あの「きっこの日記」に「ヤラセレポーター」として取り上げられてしまったのだ。詳細はWikipediaのこの解説にある。まず、台風中継で演技していたそうである。さすが元俳優である。当時の演技もワンパターンだったが、結構ベタな演技である。更に、演技だったのがお茶の間に映ってしまったらしい。なぜ、この人が俳優から芸能レポーターなんかに転向しなくてはならなくなったのか(職業に貴賎はないと思いたいが、どう考えても俳優の方が芸能レポーターより格は上だろう)を視聴者に知らしめるような出来事だったとも言えるだろう。そして、今回の「秋田の事件」では容疑者に対して過剰に取り入り、ある種「囲い込み」のようなこともしていたようである。阿部ちゃん、必死すぎ。女性週刊誌でもいろいろ怪しまれていたようだが。
 彼が芸能レポーターになりたくてなったとは思えない。ワイドショーに出始めた頃は「なんでこんなことを」と私も思ったものだ。しかし、天職と見極めたかどうかは知らないが、とにかく、そういう人になってしまったようである。

| | Comments (0) | TrackBack (0)

2006.07.22

元彌ちゃんは壮大な人生狂言を演じているのかもしれない

[] 去年の暮れに「来年の100キロマラソンは和泉元彌ちゃんです」と予想したのは見事に外れた今日この頃ですが、皆さん、いかがお過ごしでしょうか? アンガールズなのかあ。確かに元彌ちゃんだと普通に100キロ走れそうだものなあ。


 そんなことより、今年もお騒がせの元彌ちゃんであるが、先月末に「所得隠し」の記事があった。以下、ニッカンスポーツコムから引用。

「和泉宗家」が1億5000万の所得隠し
 狂言師の和泉元彌氏らの公演など和泉流狂言に関する事業の運営会社「和泉宗家」(東京都板橋区)が東京国税局の税務調査を受け、2004年3月期までの5年間で約1億5000万円の所得隠しを指摘されたことが27日、分かった。
 経理上のミスなどを含めた申告漏れの総額は2億円以上で、追徴税額は重加算税などを含め1億円を超すという。同社は課税処分を不服として異議申し立てをしているとみられる。
 関係者によると、和泉宗家は狂言の公演料やテレビ出演料などを受け取る際、正規とは異なる簿外口座を振込先に指定するなどし、収入の一部を除外して申告していたとされる。

また異議申し立てしてるよ。

 この手の異議申し立てで勝てた試しないのに。能楽協会への復帰も結局叶ってないし。というか、復帰したところで仕事ないだろうにと思うが、ちゃんとした能楽師だと思われたいんだろうなあ。でもプロレス出た時点でそれは諦めなきゃいけないのに。この一家、結構お金にだらしないのは有名で、経理も多分ちゃんとした人を雇わずに、セッチーがテキトーにやってるんだと思う。それにしても、和泉家は意外なほど儲かっている。
 ハッスルに出場してからというもの、実はテレビの仕事が増えているように思う。バラエティに親子で出る機会も増えたし、ドラマも結構出ている。「柳生十兵衛」とか「クロサギ」も出てたな。あと、単発ドラマで「オカマの医師」役も演じていた。時代劇はいいが、普通のドラマでは変な役ばっかりやっている。一般人とは全く違った環境で育てられたけど、本人が言っているほど背負うものが何もない人しか演じられない役ばかりであるが、それはともかく仕事があって何よりである。来年こそは100キロマラソンを目指して欲しい。

 そして、今月になってからは、交通事故である。車のトラブルも多いな、この人。相手が軽い怪我で良かった。それはともかく、会見の様子の写真はこれである。

Et0607203ns「都内ホテルで行われた公演」後の写真ということで(ディナーショーかよ!!)、こんな格好なのだが、申し訳ないけど、笑ってしまった。昔、現・中村勘三郎が某女優と会っていたところを写真週刊誌に撮られて記者会見したことがあったが、この時彼は舞台用の豊臣秀吉の格好をしていた。しかし、その格好をして会見に臨むことは、彼の巧みな演出に見えた。「しょうがないな」という感じで。しかし、元彌ちゃんの場合、コントにしか見えない。というか、カツラだか地毛だか分からないけど、こんな髪形をしないといけない狂言ってあったっけ? そういえば「麻生」という狂言で、大名が舞台上で髪を結っていくというのがあったなあ。今の狂言師には無理だから、上演する時にはカツラを使うとか。前に、元彌ちゃんのwebサイト見たら、「麻生を演じるために髪を伸ばした」とあったからそうかもしれない。しかし、「麻生」という曲は、実際には殆ど上演されない。私も見たことがない。現代の狂言師が「髪を結う」ことの困難さもあるが、「舞台で本当に髪を結う」以外に面白さがないからだと思う。筋書き読んでも、実際に髪伸ばしてまで演じたい曲とも私には思えない。しかし、「現行曲254番を全て演じたことがある父親から251番の狂言を教わった」ことが最大のアイデンティティである元彌ちゃんには、この曲を地毛で演じることが大事なのだ。
 もしかすると、元彌ちゃんは、能舞台を超えた人生規模の狂言を演じているのかもしれない。しばらく終わる事のない新作狂言「和泉元彌」を。プロレス、テレビ、警察、裁判所を巻き込んだ、巨大メディアミックス狂言。さすがの野村萬斎も演じる事は出来ない。今後どんな展開になるのか楽しみである。

| | Comments (7) | TrackBack (0)

2006.02.23

年が変わり、釈由美子の顔も大幅に変更されました

 数日前にBlogPeopleの記事検索ワードランキングをみたら、1位が釈由美子であった。釈由美子、なんかやったか? と思い、いくつかの記事を見て驚愕した。

誰この人?www

 写真はここにて。某ニャー速だからトラバしないけど(笑)、とにかく今は新しい顔でテレビ出てるらしい。なんだか加藤ローサのなり損ないみたいだなあ。でも、加藤ローサって二人いらないよ。
 しかしずいぶん思い切ったことを。彼女は今までの顔で世間に好意的に受け入れられているはずだし、現時点で、今までの顔で出ているコマーシャルも残っている(例えば人材派遣のとか)。顔が全然違うことが視聴者に一目瞭然というのはものすごいリスクではないか。今までのファンは離れそうなんだけど。

 私は、釈由美子は意外と安定していると思っていた。最初(グラビアデビューした頃)よりはパッとしなくなったけど、「スカイハイ」で女優として受け入れられ、「黒革の手帖」などで役柄が確立した。顔は可愛いけど実は結構腹黒な若いホステスとかOLというのがこの人のニンだ。今のご時世、「この役といえばこの人」というのを確立出来る人はなかなかいない。ゴールデンタイムのドラマの主役にはなれないかもしれないけど、確実に一定数の仕事はある。いつの間にか2時間ドラマに転身してもあまり痛々しくない。すごく長い目で見たら安泰な芸能人生だ。
 しかし、みんなが顔を覚えているのにここまで顔変えてどうするんだろう? この顔だともうOLは無理だ。ホステス役も意外と説得力がない。新しい境地を開拓したいのかもしれないが(2時間ドラマには行きたくないのか……)、一体どこにいくのだろう。なんか……精神的に大丈夫かなって感じがするんだけど。

| | Comments (6) | TrackBack (1)

2005.04.22

嗚呼、ポール!!

 今日は仕事が遅番だったので(勝手に)、仕事場の最寄り駅についた時は、ちょうど夕刊紙が並ぶところだった。一番目立つ東京スポーツの見出しを見て私は驚愕した。

ポール牧自殺

 良く見ると東スポ以外の全ての夕刊紙の1面に書いてある。本当のことだった。


 22日午前4時50分ごろ、東京都新宿区西新宿6丁目のマンション敷地内で、9階に住むタレントのポール牧さん(本名榛沢一道)が血を流して倒れているのを、タクシー運転手が発見した。ポール牧さんは全身を強く打っており、病院に運ばれたが間もなく死亡した。63歳だった。自室の窓が開いたままで、ベランダの手すり(高さ約130センチ)に乗り越えたような形跡があることなどから、警視庁新宿署は、飛び降り自殺とみて調べている。
 調べでは、ポール牧さんはこの部屋で1人暮らし。マネジャーは「最近、仕事が少ないと悩んでいる様子もあった」と同署に話しているという。遺書は見つかっていない。
 発見時は白いブレザーに黒っぽいズボン姿。21日夜はマネジャーと都内で食事をした後、午後9時ごろ一緒にマンションに戻り、マネジャーと別れたという。
 ポール牧さんは漫才コンビ「ラッキーセブン」を結成、その後役者としても活躍。「指パッチン」の芸が人気だった。禅寺の生まれで、煕林一道の僧名もある。


 確かに最近あまり見ないなとは思った。最初記事を見た時、一瞬牧伸二と混同しかけたくらいだ(ちょっと嘘)。しかし「指パッチン」は不滅の芸である。ギネスにも連続記録が載っていたはずである。子供も大人も誰でも真似できる。しかしポール牧って指パッチン以外には意外とキャラが立たない感じがした。いろいろとしかけてはいたが、欽ちゃんの持つあつかましさや牧伸二の持つしぶとさも希薄なのだ。出家したのであれば、もうそっちに移ることもできたかもしれないが、そういう思いきりもなかったのかもしれない。今、お笑いブームだけど、このブームが終った後のことを示唆しているような気がした。

| | Comments (5) | TrackBack (0)

2005.03.16

ルイスも逝ってしまったか。

漫才「セント・ルイス」の星ルイスさん死去

 「田園調布に家が建つ」などのギャグで人気を集めた漫才「セント・ルイス」の星ルイス(ほし・るいす=本名藤江充夫=ふじえ・みつお)さんが10日、肺がんで死去した。57歳だった。密葬はすませた。22日午後2時から東京都新宿区西新宿3の2の9の新宿ワシントンホテルでしのぶ会を開く。自宅は公表していない。

 小柄で愛敬のある芸風で、72年、長身で毒舌の星セントさんとコンビを組み、社会風刺を盛り込んだ話芸で80年代の漫才ブームの一翼を担った。俳優としても、多くの舞台、ドラマに出演。昨年はNHK大河ドラマ「新選組!」にレギュラー出演していた。03年にコンビを解消したセントさんも昨年、肺がんで死去した。

 実はこのニュースを知ったのは、アクセス解析からである。昼過ぎにこのブログのトップページを開いてみたら、カウンタがいつも以上に回っていたので(いつもは1日300アクセス前後なのに、今日は既に600を突破している)何事かと思い、アクセス解析を見てみた。検索ワードを見ると、殆どが「星セント・ルイス」に関するものであった。去年の7月に、星セントが亡くなった時に、こんなエントリを書いていた。
 なぜ今日に限ってセントルイス? もしかして何かあったか? ということで、アサヒコムを開いてみたら、上のような記事が載っていた。
 まだまだ元気だと思っていたのに、本当に急な話だ。コンビ仲が悪くて最後は解散してしまったが、同じ肺ガンで相次いで二人は亡くなってしまった。先に逝ったセントさんは最後に何を思っていたのかはわからないが、本人達の感情とは全く別に、漫才のコンビとしては相性がよかったのだろう。解散したけど、その後別の相手と漫才をすることは結局なかったわけだし。本当に長い間お疲れ様でした。ご冥福をお祈りします。

| | Comments (0) | TrackBack (2)

2005.02.26

ゴージャスの記号としての藤原紀香

インフルエンザになったのは、職場のオジサンに片っ端から刑事ドラマ風のあだ名をつけまくった呪いかもしれません。コバヤシです。ではお話させていただきます。藤原紀香の話。

 アカデミー賞、K−1、等々、なぜか出演者が全員ドレスアップしている場には、藤原紀香はよく映える。いつも紀香は胸元を見せたドレスを着て場を仕切っているんです。なぜ?という疑問も生まないほどの安定感。ミス・ゴージャス。そう、既にゴージャスのシンボル、記号となっているのです。もはや、

岡田真澄

の域に達しているんだ。間違いない。


そういうことで、一応インフルエンザは治ったのですが、今度は花粉症です。目がかゆくてたまらん。

| | Comments (2) | TrackBack (1)

2005.01.15

魔性の女

 いつの時代にも「魔性の女」と呼ばれる女性は必ず存在する。昔であれば加賀まり子(いつの時代だか)、ちょっと前なら荻野目慶子や藤あや子がそうだった。特に、全盛期の藤あや子はすごかった。私の知り合いでも、少なくとも2名の20代(当時)男性に、

「藤あや子にならだまされても死んでもいい」

と言わしめた。20代にも50代にも通用するフェロモン、あや子恐るべし。驚くことに全員、今も魔性は感じられる。今はどうかというと、私見だが、竹内結子が来ると思う。竹内結子って「ポスト松嶋奈々子」みたいに言われているが、全然違うと思う。一番の違いは、奈々子じゃオヤジは死なないが、竹内結子のために死ぬオヤジは出そうということ。最初は自覚がなくとも、あれよあれよという間に津波のようにさらって行く、そういう危なさを持つのが竹内結子。オジサン方は注意してね。はまると危険ですよ。

 魔性の女は、大人の世界にしかいないかというとそういうことはない。子どもの世界にも魔性の女は存在する。例えば、ドラえもんのしずかちゃん。昼間っからシャワー浴びてその後どうする気なんだろうとか、何の目的でシャワー浴びてるのかとか、どうしていつも覗かれやすいのかとかいろいろ考え出すと、その答えは魔性以外にないと思う。のび太も大変だあ。更にすごいのが、アンパンマンのドキンちゃん。バイキンマンを手玉に取りながら、ショクパンマンに色目を使う小悪魔である。あ、元々悪魔か(笑) こうして、子どもの世界にも平気で魔性の女は存在する。これは、「子どもは大人と違って純粋無垢な存在」であると心から信じている、自分を善良だと思い込んでいる人たちを敵に回すような発言だが(ま、別に敵に回してもいいんだけどさ)、魔性の女の子って、幼稚園の時点で既に存在している。男の子達や下手すると大人の大人まで手玉に取るような子っているじゃないですか。大体男の子も3歳でも美人とそうでない人の区別はつくし、何も知らないような顔をしてお母さんと銭湯に入ってても、ピチピチの方が注視時間が明らかに長い。別に子どもを貶めようと言うのではなくて、子どもだって子どもなりの打算や欲望があるというだけのこと。話が少しそれた。要するに、そういう魔性遺伝子を持つ女は必ず一定の割合で存在しているのではないかと思われるのである。何のためにかって? ほら、男の方が女よりも出生数多いから、適当に減らすためじゃないかな。

| | Comments (7) | TrackBack (2)

2004.12.10

アスカのような人

 職場にいる事務系の兄さんがこの間こう言ったそうな。

「タッキーって、

チャゲアスにおけるアスカみたいなもんでしょ?
 
 それなら今井翼はチャゲなの?! というか、そもそもタキツバはチャゲアスじゃないよ!! 男二人だからといって、何でもチャゲアスに喩えるな! チャゲもアスカもないんだ!! と私が代わりに怒っておきましたよ、ごとう先輩(名指し)。
 

 それにしてもチャゲアスにおけるアスカってどういう存在だろう? やっぱりケミストリーの堂珍か。そして、川畑がチャゲ。特に初期ケミストリーはそう。一般的にはアスカの方が知られているが、根強いチャゲのファンも少なからずいるという感じがケミストリーにはあった。結構川畑派っているから。でも最近は(略)
 ところで、昔「チャゲの年収はアスカの4分の1」という噂があった。本当かどうかは分からないが、この「4分の1」というのがリアルすぎる。「10分の1」だと「いくらなんでもそれはないだろう」と思うし。いったい誰が考えたのだろう?

| | Comments (2) | TrackBack (0)

2004.12.09

酒場の会話における収束と拡散

 職場の人が目撃した話。


 居酒屋でおじさん5人が酒を飲んでいる。もう既にかなり酔っ払っていて、誰もロレツが回っていない。

「いやあ、オレ猫飼い始めたんだ〜」
「ああそう、次回の会ではマイちゃん呼ぼうな!」
「カヨちゃんもいいな」
「オレ、今度引っ越すんだ」
「猫可愛いんだ〜」

 会話が全然かみ合っていない。誰も人の話なんか聞かずに、自分の話をしている。

 そのときあるおじさんがぽつりとこう言った。


「ヤマシタミホコさんってどうしてるかな?」


 一瞬場が静まる。

 「ヤマシタさんか…」
 「ヤマシタさんはずいぶん会ってないな」
 「元気かな?」
 「会いたいな」
 「オレも会いたい」

 あれほどバラバラだったおじさんの話題はあっという間にヤマシタさんに収束した。「カヨちゃん」や「マイちゃん」と違い、「さん」付けされるヤマシタさん。いったいヤマシタさんはおじさん達にとって何者なのか?

 「よし! 今度この会にヤマシタミホコさんを呼ぼう!」
 「オレも賛成だ!」
 「ヤマシタさんを本当に呼ぶなら、オレが今回の会計を全部持つ!
 「おおお!! 太っ腹だな」


 見ている側としてはもうおかしくてたまらない。こっちもヤマシタさんに会いたいという気持ちになってくる。おじさん、次回の会はいつなんですか? 次回もこの居酒屋が会場なんですか?
 おじさん達はそんな周りの目線を全く気にせず、会計を始めた。「会計を全部持つ」と宣言したおじさんは、財布を取り出し、

「釣りはいらないよ」

と非常にかっこいいことを言いながら、

一万円札を1枚だけ放り投げた。

 5人でこんなに飲み食いして一人2000円てことはないだろ!
 と周りは心の中で突っ込むが、おじさん達は、

「おお、ありがとう!」

とか言っている。もう計算もできなくなっているらしい。そして、また

「オレの猫可愛いんだよ」
「もうオレの会社ダメかも」
「今度はユカちゃんも呼ぼうな!」

と取り留めのない会話を始めた。

 そのおじさん達の次回の会には、ヤマシタミホコさんはきっと呼ばれなかったと思う。そして、また、

「今度はヤマシタさんを呼ぼうな!」

と言っているに違いない。

| | Comments (2) | TrackBack (0)

2004.08.24

室伏とコバヤシと

 昨日やっと帰京しました。京都を出てからネットにつなげない環境になったのと、その後の旅行先で本当にいろいろあったので、しばらく音信不通になってしまいました。旅行先での顛末は(反省をこめて)これから徐々にうpすることにします。


 ここでどうでもいいトリビア一つ。

ハンマー投げの室伏とここの管理人の生年月日は全く同じである。

 ……これ言うと絶対にみんな笑うのは何故だろう? かく言う私も5年前まで室伏は年上だと思っていました。同じ30年近く生きていても、ハンマーを投げることだけを考えてきた人生と、ハンマーを投げることなんか1回も考えたことのない人生の間には大きな差があるのでしょう。

 というか、室伏って25でも30でも35でも驚きを生みませんか? 年齢があるということの驚き。失礼だな。とにかく銀メダルおめでとう! 私は野口の金メダルよりも嬉しいよ。

| | Comments (0) | TrackBack (0)

2004.08.16

「釣り人」という職業

 この不況下、いわゆる「定職」に就いていない人というのが増えている。それらの人達を表す言葉は非常にさまざまである。例えば、アルバイトで収入を得ている人は「フリーター」と呼ばれる。一応働いて収入を得ているから無職ではないのだということである。これはわかる。また、「浪人」という言葉もある。大学や資格取得に向けて勉強しているので、今のところは働いていないという状態のことだが、その状態は大概は1〜2年で終わり、目標を達成するか別の進路に進むかするかが普通である。
 しかし、世の中には「家事手伝い」という職業がある。昔は「花嫁修業中」みたいなニュアンスがあったのかもしれないが、今の世の中、嫁に行く当てもなければ家事すらも手伝っていない「家事手伝い」が多そうだ(←暴言)。


 しかし、「家事手伝い」に勝るとも劣らない称号を持っている人を知っている。その人の称号は「釣り人」だ。漁師ではない。
 ある年、母が法事のために一人で実家に帰ったことがあった。その時親戚の家に泊めてもらったのだが、アンコウが振る舞われたそうだ。そのアンコウは、その家の男性がその日に釣り上げたものだという。アンコウが釣れる地域って簡単に限定されるな……まあいいや。
 アンコウって普通に釣れるの? と母に尋ねてみたところ、

「あの人釣り人だから。毎日釣りやってっから」

とのことだった。母上、ビミョーに方言を混ざってますよ。釣り人? 漁師じゃなくて? 釣れた魚は売ってるの?

「釣れた魚は適当に家で食べてるか近所にあげてるみたい。漁師じゃないんだよ?(語尾上がり)」

 それって、定職に就かずに毎日釣りやってる釣りバカオヤジじゃないかと心の中で突っ込んでみたが、物は言いようであるな。釣り人か。そのおじさん、いろいろあってあくせく働かなくても大丈夫なんだって。素晴らしいね。他にも、その地域には「農家手伝い」とか「美容師兼カメラマン」等、数々の怪しい称号を持つオジサンがいる、ようだ。

 このおじさんと違ってあくせく働かないと生活できないワタクシは、明日から仕事(+勝手に夏休み旅行)で関西です。シカゴから帰って来てからのこの1週間本当に辛かった! 全てギリギリ。できる仕事は何とかこなして、できない仕事はぶっちぎって行ってきます。すみません、帰ったらちゃんとやります(といつも言っている)。

| | Comments (2) | TrackBack (0)

2004.07.29

中島らも死去

 不謹慎な話だが、中島らもというと、ついVOWネタを思いだす。「校長らも反発」とか。「中島らも死去」というのも、VOWネタみたいに見えてしまう。私だけかと思ったら、そうでもないらしい。

 ↓ニッカンスポーツコムから引用。

中島らもさん階段から転落し脳挫傷で死去
 作家中島らもさん(本名・中島裕之=なかじま・ゆうし)が26日午前8時16分、脳挫傷による外傷性脳内血腫のため神戸市内の病院で死去していたことが27日、明らかになった。52歳。中島さんは16日早朝に階段から転落し頭など全身を強打、HCU(高度治療室)に入院していた。中島さんは92年に「今夜、すべてのバーで」で吉川英治文学新人賞を受賞。破天荒な私生活や言動でも知られ、03年には大麻所持で逮捕、有罪判決を受けた。
 らもさんの長女の夫・元木正実さん(41)によると、らもさんは15日夜、神戸市内で知人のライブを見た後、同市内で酒を飲み、16日未明に酔って階段から転落し、頭部を強打。意識不明のまま救急車で神戸市内の大学病院に搬送され、緊急手術を受けた。重篤な救急患者が搬送されるHCUに入り、美代子夫人らも看病を続けた。
 25日に回復の兆しが見えたが、26日午前に息を引き取った。最後まで意識は戻らなかったという。27日に近親者による密葬が営まれ、後日「有志による追悼ライブ」を開く予定。また「墓は作るな」という遺志から、遺骨は散骨されるという。
 元木さんによると、最近のらもさんは好きなバーボンを毎日飲んでおり「肝臓がかなり弱っていたようです」という。
 らもさんは歯科医の二男で、灘中、灘高という“東大コース”を進んだ。しかし、灘高時代に白土三平のマンガに熱中し、成績不良で放校処分に。その後、大阪芸大に進み、印刷会社勤務などを経て広告代理店に勤務。食品会社「かねてつ」のヒットコピーなどを生んでいる。
 80年代から朝日新聞紙上で、奇問・珍問にユーモアで答える身上相談「明るい悩み相談室」をスタート。肩の力の抜けた軽妙な回答ぶりが話題を集めた。劇団の主宰やテレビ番組の構成、ミュージシャンとしても活躍するなど、マルチな才能を発揮した。酒好きが高じてアルコール性肝炎で入院した経験を生かして書いた「今夜、すべてのバーで」で、92年に吉川英治文学新人賞を受賞。94年に「ガダラの豚」で日本推理作家協会賞を受賞したほか、直木賞にも2回ノミネートされている。
 94年ごろからエッセーなどでうつ病、アルコール依存症、対人恐怖症に悩まされていることを告白。03年には大麻取締法違反で懲役10月、執行猶予3年の判決を受けた。判決後「牢屋でやせるダイエット」を出版し、たちまち増刷されて話題になった。5月に出版された著書「異人伝」の帯では「52歳は『失っていく』年。けれど逆に一種のすがすがしさがある」とつづっていた。事故の直前、光文社から発刊予定の短編小説「DECOCHIN」を書き上げており、これが遺稿となった。
 今月7日には大阪で作家町田康さんを迎えてライブを開いたばかり。執筆や音楽など活動に本腰を入れ始めた最中の死だった。

 人生というのは、何かを完成させるのにはとても短いけれど、自分にとって都合よく終わらせてくれるのには結構長いと思うことがある。ここ10年の中島らもにとって、本当に人生は長かっただろう。そして、何かを完成させるのには……彼は繊細すぎた。そして多才すぎた。
 彼の訃報を聞いた時、ナンシー関を思いだした。ナンシーの場合は、私が見たことのない機械がプツンと壊れたような感じだった。現実感が全然なかった。実際に雑誌の連載がなくなったりするのを一つ一つ確認する中で、彼女の死をじわじわと感じていったところがある。もう、テレビを見て憤ってもそれを表現してくれる人がいないのだと。一方中島らもの場合は、来るべき時が来たと思った。最近の中島らもは、見るたびに生命力が損なわれているように見えたし。しかし、転んで死ぬことはないだろう? そんなにマヌケで寂しい死に方をしなくてもいいだろうに。でも、それは本人が望んだことのように思えてならない。

| | Comments (2) | TrackBack (2)

2004.07.23

星セント・ルイス

漫才師の星セントさん死去

 「田園調布に家が建つ!」などのギャグで、1970年代から漫才師として活躍した星セント(ほし・せんと、本名村山袈裟夫=むらやま・けさお)さんが22日午後零時28分、右肺がんのため東京都世田谷区の病院で死去した。56歳。長野市出身。葬儀・告別式は28日午前10時から東京都大田区の臨海斎場で。喪主は妻キミエさん。

 72年に、星ルイスと漫才コンビ「星セント・ルイス」を結成。ラフな格好で背の高いセントさんと、スーツ姿で小柄なルイスのコントラストに加え、セントさんが早口で繰り出す辛口のギャグで人気者になった。

 特に70年代後半からは「田園調布-」のほか、「おれたちに明日はない! キャッシュカードに残(ざん)はない!」などのギャグを連発。漫才ブームの中、大阪の漫才に対抗できる東京のコンビとして気を吐いた。

 その後、セントさんは単独でテレビドラマや舞台に出演するなど、俳優としても才能を発揮。02年に肺がんであることが分かり、入退院を繰り返していた。


 セント・ルイスは、去年突然解散した。そこそこ人気があるコンビが、需要があるうちに解散(というか消滅?)してしまうのは非常に珍しかった。コンビは不仲だったそうだが、それがあの独特の全然愛がない芸風につながっていたのに。セントがルイスを完全にバカにして毒を吐き、ルイスがそれを中和するという。
 私がセント・ルイスを最後にテレビで見たのは、去年のNHKの「笑いがいちばん」だった。セントさんは手術した直後で、見ていて痛々しかった。肺と声帯の一部を取ったために、声はかすれ、往年の長くて早口の喋りはもう見られなかった。50代と思えないほど、老けこんでしまっていた。その直後にコンビは突然解散した。もう漫才はしないと言って。今となっては、本当は往年のような漫才がもはや出来ないから、だったのかもしれない。お互いにプライドが高いプロだったから、そんなことは口にしなかったが。
 漫才以外だと「私鉄沿線97分署」(←懐かしい)にコンビで出ていたのが印象に残る。2人は元漫才師で、いろいろあって犯罪に巻き込まれてしまう。最初はお互いを避けあっていたが、事件後に2人で往年の漫才を刑事達の前で披露、というベタな話だったが。
 東京の漫才コンビで大御所というと、もはやおぼん・こぼんくらいになってしまった。ご冥福をお祈りする。

| | Comments (1) | TrackBack (0)

2004.07.21

生きている伝説はガッツだけじゃなくて ~追悼カルロス・クライバー~

 ガッツと一緒にするなという話ですが。
 昨日の朝、本当にショックだったこと。もう復活はないだろうなと思ってはいたが、本当にないのだととどめを刺されてしまった。リンク切れするのが惜しいので、いくつか記事を引用。

伝説的指揮者、カルロス・クライバー氏が死去

 【ウィーン=島崎雅夫】19日のスロベニア通信によると、伝説的なオーストリアの指揮者カルロス・クライバー氏が13日、死去した。17日にスロベニア東部の町コンシチャで葬儀が行われた。74歳だった。

 スロベニアは夫人の出身地で、同氏は昨年12月に死去した夫人の横に埋葬された。数か月前から闘病生活を送っていた。

 1930年7月3日、ベルリン生まれ。30年代のナチスドイツの台頭で、父親でオーストリアの指揮者エーリッヒ・クライバー氏と共にアルゼンチンに逃れた。欧州には52年に戻り、主にドイツ国内で指揮者として活躍した。

 80年にオーストリア国籍を取得し、89年と92年にはウィーン・フィルを率いてニューイヤー・コンサートで指揮者を務めた。奔放な生命力をたたえた勢いある音楽作りが身上。世界トップレベルの人気と実力を兼ね備えながら、年に1、2度しか指揮をせず、カリスマ性を高めた。

 演奏曲目を極端に絞り、ベートーベンやワーグナー、R・シュトラウスらのごく一部の作品を繰り返し演奏、深い解釈で魅了した。

 日本には計5回訪れたが、特に最後の94年のウィーン国立歌劇場との公演は、R・シュトラウスのオペラ「ばらの騎士」で名演を残した。(読売新聞)

 この「ばらの騎士」、私の連れ合いはいろいろなものを犠牲にして見に行ったそうな。あの東京芸術劇場の一番安い席でも本当に感動したとか。その場にクライバーがいるというだけで既に感動でお腹いっぱいだったらしいが。クライバーは奥さんが亡くなってとても気落ちしたらしいという噂だが、そんなに愛妻家だったのかしら?(笑)
 伝説的というか、「天才性」をあれほど感じさせる指揮者は今後現れるかどうか。


指揮者のカルロス・クライバーさんが死去

 指揮者のカルロス・クライバーさんが13日、スロベニアで死去していたことが19日、分かった。74歳だった。詳しい死因などは不明。オーストリア通信などが伝えた。

 ベルリン国立歌劇場の音楽監督だった名指揮者エーリヒ・クライバーの息子としてベルリンに生まれた。父がナチスに反対して職を辞したのに伴い、アルゼンチン・ブエノスアイレスに移住。現地で音楽を学び始め、指揮にも興味を持った。

 戦後、ヨーロッパに戻った後、父の反対で音楽家になるのを一時断念。スイスのチューリヒ工科大学に進んだが、20歳ごろ指揮の勉強を始め、各地の歌劇場で修業を重ねた。

 54年にドイツ・ポツダムでデビュー。68年からミュンヘンのバイエルン国立歌劇場で指揮するようになって、にわかに名声を確立した。70年代にバイロイト音楽祭で「トリスタンとイゾルデ」の個性的な指揮で評判を取り、各地の歌劇場でも圧倒的な人気を得て、ポスト・カラヤンの旗手として脚光を浴びた。

 レパートリーは決して多くはないが、音楽の本質に厳しく迫る独自の解釈や、流麗で躍動感に満ちた指揮ぶりが、熱狂的なファンを生んだ。オペラのほか、ベートーベンやブラームスの交響曲演奏も得意とした。

 日本でも、74年のバイエルン国立歌劇場引っ越し公演「ばらの騎士」の名演が伝説になった。その後も度々来日。最後の日本公演となった94年も、同演目を指揮した。

 90年代後半以降は、指揮をする機会がめっきり減った。キャンセルも多く、彼が指揮するという情報が流れただけでファンには事件になるほど。最近では99年、スペイン領カナリア諸島でオーケストラを振った。クライバーがいつどこで、指揮をするかが、世界中の音楽ファンの注目を集めていた。 (07/20 09:52)

 来年復活という話もあったですよね。結局ダメだったわけですが。あと、ベートーベンやブラームスの交響曲演奏についてですが、某産経(というか配信先の共同通信)は全曲録音と書いてありましたよ。一体いつどこで? というか、今までの隠し録音がこれからたくさん市場に出てくるのではないかと(海賊版は既に出回ってるけど)。楽しみといっていいのか悪いのか。
 クライバーの作り出す華やかな刹那的な音楽は、もう新しく生み出されることはありません。最期はとても寂しいものになってしまったけど、私達は華やかな彼の姿と音楽だけを覚えていればいいのでしょう。ありがとう。

| | Comments (0) | TrackBack (0)

2004.07.17

三田村邦彦という不思議

 夏だ! 祭りだ! 三田村邦彦だ!というわけで、今日は三田村邦彦について考える。今や、三田村邦彦といえば阿波踊りが即座に連想されるようなトホホな状況である。昔の「太陽にほえろ!」や「必殺仕事人」でファンの目をくぎ付けにしたあの邦彦はどこへ? そこまで考えて、私はようやく気がついたのである。

自分が結構三田村邦彦が好きだったことを。

 いや、正確に言うと違う。三田村邦彦本人には全く興味がないが、三田村邦彦が演じる役柄はとても好きであることを。そして、更にある事実にも行き当たったのである。

三田村邦彦自身が最初から不思議な俳優だったことを。

 そういえば、女流時代劇評論家であるペリー荻野さんは、「自他共に認める邦彦フリーク」で「邦彦が出る番組は必ず見る」とお書きになっていたが、その理由は「邦彦が出る時代劇は必ず何かが起こるから」だそうだ。そう、邦彦ドラマは必ず設定が変だ。

 例えば、「太陽にほえろ!」のジプシー刑事。私が非常に好きな役である。所轄を転々としているからジプシーという名前がついたが、実は今では放送禁止用語に抵触するらしく、ジプシーが出てくる回は再放送が出来ないらしい。それじゃジプシーキングスもテレビじゃダメじゃないかよ、と思うが、このような矛盾に満ちたテレビにおける言葉の問題は話すと長くなるので、ここでは書かない。ジプシー刑事の話に戻る。所轄を転々としていたジプシーは、最後は殉職せずに別の所轄に移るのだが、設定がだったことでも有名である。「ほえろ」の刑事は全般的に細かい設定が多いのだが、その中でもジプシーの設定はすごい。なにしろ、

心臓が右側にある

のだ。子供の頃の私はジプシーのおかげで、先天的に心臓の位置が異なる人達がいることを知ったのだが、さて、この設定、一体何の役に立ったのか?  血液型がAB型RH-という設定なら、1回の話を持たすくらいのことはできるが(この設定も今見ると古い感じがしますな)右に心臓って。殆どこの時代の子供にはSFのようである。更に、

肺も片方機能していない

という設定もあった。体が弱いらしい。こっちの方は、まだ結核というのがリアルな時代にはマッチしていたと思う(今も結核は身近な病気ではあるが)。その割にはやたらと走り回っていたような気がするが。それはともかく、当時の三田村邦彦から漂う哀愁や儚げな雰囲気は、病弱で訳ありなジプシー刑事にマッチしていて、というか不思議な設定から生じるはずの違和感を消し去っていた


 そして、もう1つ三田村邦彦で忘れてはならないのが「必殺仕事人」の簪の秀。好きだったなあ〜。絶対みんな真似したはず。しかし、彼だけ服装や髪形が変なのはみなさんお気づきだろう。

時代劇でも何でもない。

 一人だけ洋服なんですが。一人だけ髪サラサラなんですが。しかし、本来ならもっと生じるはずの違和感を、別のベクトルに変換することによって無理矢理打ち消すというか、別の違和感にするのが邦彦だ。
 他にも「将軍家光忍び旅」(家光の影武者がコロッケ)や、今日放映される2時間ドラマ「殺人スタント」においても、邦彦ドラマの独特さが爆発している。そう、最初から邦彦は邦彦だったのだ。それを私は見逃していた。阿波踊りも邦彦性の発露の1例に過ぎなかっただけなのだ。

| | Comments (2) | TrackBack (1)

2004.07.01

植草再生計画

 ミラーマンこと植草一秀氏の最大の失敗は、

李下の冠、瓜田の履

という言葉の意味を知らなかったことかもしれない。エスカレーターで手鏡持って乗ってちゃ疑われても仕方ないだろう(一応意味を書いておくと、すももの木の下で冠を直したり、瓜畑で履物を直すと盗んでいるように思われるからそうしてはいかんよ、という故事成語)。


 もう有罪でも無罪でも、植草氏の社会復帰は非常に難しいことになっている。というか、

検察、やりすぎです。

 携帯電話から写真がたくさんとか、エロDVD持ってたとか、セーラー服持ってたとか、いろんなことバラシ過ぎ。あれ、セーラー服は検察じゃなくて雑誌報道だっけ? また、植草先生も気まずいもの持ち過ぎ。携帯の写真について突っ込まれて、「あれは知り合いの女性に取らせてもらった」と弁解していたらしいが、どういう知り合いだか。別に写真持ってようがDVD持ってようが、それをダイレクトに犯罪行為に結びつける人の方が少ないはずなので、植草先生の「それとこれとは関係ない」というコメントは適切なんだが。
 おそらく、見せしめなんだろうな。痴漢やのぞきといった迷惑行為を行うと、社会的制裁を受けて大変なことになりますよということを示すためのスケープゴートとして植草先生が選ばれてしまったのだろう。本当に手鏡1枚で人生をパーにしてしまった。
 こうなってくると、いくら今回の裁判で無罪放免になったとしても、もう普通にテレビに出るのは難しいだろう。ワイドショーで偉そうにコメントしても、

なんだよ、ミラーマンの癖に

とか

セーラー服好きなんでしょ?

とか視聴者に突っ込みを入れられる事必至。こうなったら、

深夜に浅草キッドにいじってもらう

しか手はあるまい。昔は彼らの師匠であるビートたけしが「芸能人・文化人再生装置」として機能していたが、今の植草氏を再生させることが出来るのは、キッドしかいない。間違いない。植草氏も腹をくくってほしい。肩書きは「チラリズム評論家」でもなんでもいい。あとは水道橋博士に頼んだ。

| | Comments (2) | TrackBack (0)

2004.06.11

野村万之丞死去

 狂言師の野村万之丞氏が亡くなった。まだ44歳だった。体調を崩されたとは聞いていたが、まさか病気でこんなに早く亡くなるとは思わなかった。
 実は私は学生時代に狂言を習っていた。そこで野村万作家の方々には非常にお世話になった。10年前は野村家は一つの会を持っていたが、その後いろいろあって(一言で無理矢理言えば兄弟げんか(笑)だが、萬斎襲名についてもひと悶着あったようだ)、2つの家になってしまった。例の宗家騒動では一致団結してたけど。人が少ないのに分かれてどうするよ、と思ったもんだが(和泉流ってこんなんばっか)、今のところ両家ともどうにかなっているようだ。万作家のほうは萬斎の御蔭かチケットがとりにくくなっているし(昔は学生席でチケットを買ったのに、「あいているから」という理由でA席に移動させられたこともあったのに)、万蔵家の方はいろいろと襲名があったり(良介がいつの間に与十郎になっていたのには驚いた)、大掛かりな企画を行ったりしていたようだ。特に万蔵家の方は、万之丞氏による精力的な活動のお蔭で何とかなったんじゃないかと思う。万蔵家についてはあまり知らなくてごめんなさい。
 正直言って、万之丞氏は狂言師としてはあまりうまくはなかった(「唐人相撲」の相撲取りはいいけど、あれは体型で得していた)。萬斎と比べてしまうと、舞台での華がなかった。しかし、プロデューサーや演出家としての能力は非常に優れていた。彼がいなかったらできなかったことは今までもたくさんあり、そして、これからもあったはずだ。来年1月に万蔵を襲名する予定だった。偉大なる万蔵の名を引き継いだ後にやろうとしていたこともたくさんあったと思う。「残念」という言葉では足りないが、本当に残念で惜しい。

| | Comments (3) | TrackBack (0)

2004.06.01

スピードワゴン

 前からたびたび書いているが、私はスピードワゴンが大好きだ。1年半くらい前に「爆笑オンエアバトル」で彼らを初めて見て、それから夢中だ。なので、以下の文章はかなり贔屓目が入っているので、適当に割引いて読んで欲しい。
 最初の頃は、爆発的に面白い時となんだか滑っている時の差が激しかったが、最近は安定してきたと思う。ま、それでも時々寒いですけど。力が安定してくるに従って、人気もすごいことになっている。
 しかし、彼らのどこが面白いのかと聞かれると、簡単には説明できない。どれだけ考えても答えとして不十分な感じがするのだが、とりあえず考えてみた。

1)彼らの関係性
 彼らの関係性の不思議さについてはあちこちで指摘されている。井戸田は小沢を「小沢さん」と呼ぶ。5分間に10回はそう呼んでいる。しかし、基本的に小沢は井戸田を名前では呼んでいない。「潤さん」と呼ぶのを1回みたことがあるが、その他は「お前」のはずだ。それだけ見ると、小沢の方が井戸田よりも偉いように見える。しかし、実際は小沢のネタの流れは井戸田がコントロールしているのだ。小沢の話にダメを出したり、同意したり、感心したりして流れをコントロールしているのは井戸田の方なのだ。また、小沢の話はそのままだと客に理解されにくいところがあって、それを翻訳するのも井戸田の仕事だ。このシステムが時々崩れることがあって、その時は恐ろしくスベっている。
 こういうシステムは、ダウンタウンに近いのではないかと思う。松本のぶっ飛んだボケに浜田が鋭くツッこむことで松本のボケの面白さを客に知らしめていた。スピードワゴン自身も、ダウンタウンのことは非常に憧れていたみたいだし、無意識的に影響を受けている可能性は高い。といってもダウンタウンとスピードワゴンが似ているわけではないんだけど。
2)どことなく覚めたような感じ
 彼らの台詞は凝っているし、文字にしてみると結構恥ずかしいことも言っているのだけど、さらっと軽く聞こえる。「って言ってみたりしてね」というような意識というか、恥ずかしいことを言ってみて面白がっている感じが、多分面白いんだと思う。大概の人は中学時代や高校時代を思い出すと、口に曖昧な笑みを浮かべつつも非常に恥ずかしくなると思うが、その独特の恥ずかしさの面白さを彼らは知っていると思う。また、台詞の独特のヒネリも、独特の自意識過剰さを演出している。
3)ベタなんだけどね
 「あたしそれ認めないよ」に限らず、決め台詞が多い。お約束の効果を彼らは知っている。待ってました!感を生むんだよな。ただし、やり過ぎるとちょっとうんざりしてくる。ちなみに、「あたしそれ認めないよ」は、時々言いたくなる台詞である。
4)結局は萌え
 2の項でもちょっと書いたのだが、彼らを見ていると、中高生時代の変な自意識を思い出す。というか、女子校で育った私は男子中高生の自意識をあまりよく知らないせいもあるんだろうけど、彼らに対して

理想の男子中高生の姿

を見てしまうのだ。なんだよ、萌えてるのかよ!! しかし、男子校で育った連れ合いにそれを言ったら、あっさり、否定された。あんなんじゃないって。

なんだよ、夢くらい見させてくれよぉ!

と小沢のように言ったら、

あたしそれ認めないよ

と井戸田のように返された。

| | Comments (8) | TrackBack (1)

天知茂

 他に書きたかったことがあったのだが、こんな記事を見てしまったから。
 デカブログさんチューブログ誕生!という記事にトラックバックを撃つ! ばきゅーん!!
 

 実は、我が家では天知茂の美女シリーズがもうすぐコンプリなのだ。


 また実年齢が疑われそうなことを書いてしまった。本当に今年で30なんですけど。
 それはともかく、昔あれほどドキドキしながら、というか親と一緒だと非常に気まずい雰囲気になりながら見ていた明智シリーズだが、今見ると、

天知茂の力技で成り立っていた

ことを強く感じる。あの明智の無理のある変装といい(中条きよしが顔をベリベリすると、天知茂が出てきたりする。輪郭も体型も何もかもが全く違うのに)、始まって10分くらいで犯人が分かってしまう展開といい(ヘタすると予告だけで分かってしまう)、若き日の宅間伸が蝋人形の役をやっているあたりといい(←本当)、無意味な女性の裸といい、いつどうやってそれやったんだよ!という無理なトリックといい(ex. 「パノラマ島」の硫酸の池の硫酸を全部抜いて、ドライアイスが入った水にしておく仕掛けがあった。文代がどうやって硫酸を抜いたのか、どこからドライアイスを運び込んできたのか全然分からない)、今見ると結構マヌケなのだ。そんなマヌケな娯楽空間の中で、一人眉根に皺を寄せて佇む天知茂。まるでスイカに塩をまぶすと逆に甘く感じるように、天知茂の存在によってドラマの娯楽度が逆に増大するのだ。不思議なことに。

 天知茂の偉大なところは、あれだけたくさんの作品に出てあれだけ強い印象を人に与えているのにも関わらず、B級の臭いがするところだ。二流とは言わないが、超一流とは言いがたい感じ。若い頃は仕事を選ばずあらゆる映画に出ていたというせいもあるが、どんな役も力技で自分に引き寄せる独特の引力を持っている。今、天知茂のようなポジションの俳優は全くいないし、これからもしばらくは出てきそうにない。
 もし今、天知茂が生きていたらと時々考える(なぜそんなことを考えてしまうのか自分でもわからないけど)。もしかすると、月9にも平気に出ていてダウンタウンにいじられたりしていたかもしれない。でも、神はそうさせてくれなかったらしい。

 ところで、明智小五郎は稲垣吾郎で良かったと思うんだけどなあ。そして浪越警部はきたろうさんで。天知茂よりも吾郎ちゃんの方が原作のイメージに近いのに。

| | Comments (33)