2008.05.10
スクロヴァチェフスキといえばブルックナーである。ヴァントも朝比奈も亡くなった今となっては,ブルックナー指揮者といえばミスターSということになっている。読響では6番を聴いたことがあるが,凄かった。指揮者やりたい放題。そしてミスターSが常任指揮者となってからも,ブルックナーの演奏は続いている。多分最後に音源をまとめて発売するのかも。それはともかく,名曲の5番はなぜか今まで演奏されてこなかった。
やっと,ミスターS指揮のブル5が聴ける。ブル5のプログラムはなぜかこの日しかないせいもあって,チケットは早くに売りきれてしまった。
会場に行ってパンフをもらったら,チラシが挟まっていた。「常任指揮者としての任期を2010年3月まで延長する」とのこと。1年延長か。年齢も年齢だから5年とかは無理だろうが,とりあえずめでたい。
さて,この日のブル5だが,ありがちな「金管大咆哮」というものとは全く違った。それぞれの旋律を美しく響かせていく。去年のティーレマン&ミュンヘンフィルは「宇宙の爆発」的なブル5だったが,ミスターSは「春の息吹」のような感じ。小さな生命が次々に生まれていくというイメージ。
第4楽章の前に,1回音合わせをしたが,あれのお蔭か,第1楽章との連続性が明確になったような気がする(そのためだけに音合わせしたとも思えないけど)。そしてフィナーレだが,今まではっきりと見えなかったものが急に隅々まで色鮮やかに見えたときのような驚きがあった。また,この日は指揮者が腕を下ろし少し経ってから拍手が始まった。本当に素晴らしい演奏会だった。
あまりにも素晴らしかったせいか,この日はオケが舞台から降りた後も指揮者に対する拍手が続き,その拍手にミスターSも応えてくれた。懐かしの一般参賀を思い出す(故・朝比奈隆の晩年のコンサートは,いつもこんな感じで指揮者が出てきた。「一般参賀」と呼ばれていた)。舞台に残っていた団員もファンと同じように拍手している。
その時,奥から一眼レフカメラを持って現れた人物がいた。よーく見たら。
コンマスの藤原先生だった。
ステージでは神妙な顔つきをしている先生が,にこにこしながら,ファンに応えるミスターSを撮っていた。最後の最後にもいいもの見た。
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2008.05.09
久しぶりにコンサートのエントリ。ずっと宗家ネタばっかりだったので,ちょっと緊張する。宗家のコンサートのことを書いているうちに一月経ってしまった。
4月の読響はミスターSが指揮する。名曲シリーズの前半は「悲愴」,後半は「春の祭典」。今年で85になる指揮者のプログラムとは思えない。朝比奈隆が生きていた頃は,「会場で一番の高齢者が指揮者」というのがちょっとした宣伝文句だったが,ミスターSもそうなりつつある。……というかミスターSよりも高齢者はサントリーにいたのだろうか。
「悲愴」だが,今まで聴いたどの「悲愴」とも違って聴こえた。今まで聴いた中で一番良かったのは,広上&新日本のものだったが,それとは違う。広上さんは焦燥感や嘆きを表現していたが,ミスターSは,もっと乾いていた。「虚しさ」が感じられる「悲愴」だった。あ,演奏が虚しいという意味じゃないですよ。
第1楽章は,遠くから聴こえる波の音のように始まった。徐々に激しさが増していく。しかし,美しい旋律も何もかもが「虚しい」。華やかな日々も楽しい生活も,どことなく「虚しい」。最後も波の音のように音楽が消えていった。ミスターSにとっての「悲愴」とは人生の虚しさなのか。この演奏が好きかというと答えに困るが,考えさせられた。ファゴットの井上さんが良かった。
後半は「ハルサイ」。大音量の派手なハルサイが好きな人には耐えられないだろうが,「こんなところからこんな音が」的な面白さがあった。ちょっとアンサンブルが乱れるところもあったが,楽しかった。どこか刹那的な感じがしたが。
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2008.04.05
宇野功芳という音楽評論家がいる。日本で一番有名なクラシック音楽の批評家と言っても過言ではない。「日本一当てになる」かどうかは評価が分かれるが,少なくとも日本でのクラシックのディスクの売り上げに影響を与えているとはいえよう。レビューの内容と言うより,「○○といえよう」とか「〜の極み」とかそういう「宇野節」が炸裂する独特の文体はケレン味があり,妙に癖になるから人気があるのだろう。そのためあちこちで真似されており,挙句には全自動音楽評論ジェネレータ「功芳くん」!! なるものも作られてしまうくらいだ。宇野功芳の文章を読んだことがない人でも,このジェネレータで5つくらいの評論を読んでみれば,彼の文章がどんな感じか大体分かると思う。いつもこんな感じなんですよ。
そんなコーホー先生だが,読売日響が毎月コンサートで配布している「月刊オーケストラ」で連載を持っている。「いいたい"芳"題」というタイトルのコラムである。音楽に限らず,自分が気に入った画家とかここの寿司が旨いとかいろんなことを書いているのだが,大体はちょっとした自慢話である(笑) まあ,宇野センセイのそういう話を読みたい人もいるだろうからいいのだが。新聞でも雑誌でも,「なぜこんなコラムが」というのが1つくらいあるものだし。
しかし,3月のコラムはちょっと驚かされた。去年の春から「宇野功芳の音盤棚・これがUNO!」というCDの発売が始まっていたらしい。知らなかった。コーホー先生がセレクトしたクラシック音楽のCDとセンセイ書き下ろしのエッセイをセットにしているようなのだ。コーホー福袋みたいなものか。誰が買うのか,と思うのだが,宇野センセイほどの人気音楽評論家となれば,買う人がそこそこ見込めるのだろう。
そこまでなら分かるのだが,付録の特典CDになぜか漫談家の牧野周一の漫談をつけているらしい。牧野周一という人は,宇野功芳の父親である。それはちとやり過ぎではないだろうか? 牧野周一の漫談の1つに「音楽療法」というのがあってそれを収めているらしいんだけど,「クラシックCDの付録としてはぴったりといえよう」だって。コーホー先生ってずいぶん偉いんだなあ。やりたい放題だなあ。でも,クラヲタというかコーホーヲタでそれ聴きたい人どれだけいるんだか。コーホー先生は,往年の名指揮者の晩年,例えばクレンペラーのように,あらゆる約束事から解放され,好き放題に振る舞える境地に達しているということなのだろうか。
あ,でも,一応フォローしておくと,牧野周一自体は有名な漫談家である。1975年に亡くなったので私自身は芸を見たことないのだけど,牧伸二の師匠だから名前は知っていた。ちなみに故・ポール牧の最初の師匠もこの人なので,芸名に「牧」が入っている。
あと,牧野周一で有名なのは,東宝名人会でトリをとったときに,立川談志が「落語は芸術祭で評価されるけど,漫談は評価されないから,漫談は芸術ではない」と暴言を吐き,揉めたこと。当時の談志は
「俺に逆らう奴はみんな先に死ぬ」
と言っていて,実際牧野先生はその後(略) 談志,恐ろしい奴!!(白目)
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2008.03.21
[読売日響][下野竜也] 最近名曲シリーズばっかり行っているような気がする。この時期は花粉症で頭がぼんやりしていて現代音楽とか集中して聴けないので,こういうぬるい(笑)選曲はありがたい。このコンサートは曲のせいもあって満員御礼だったらしい。まだまだのだめ効果があるのか? この日の指揮は下野竜也。
最初は,ベートーヴェン「コリオラン」序曲。ぼんやりしているうちに終わる(笑)
ベートーヴェン・ピアノ協奏曲第5番 。ピアノはボリス・ベレゾフスキー。長身なので下野竜也と並ぶと頭1つ分違う。ボリスが竜也の肩に腕を回すと,ちょっとしたヘッドロック状態。
それはともかく,ボリスの演奏は華麗で流麗で見事なのだけど,「皇帝」としてはどうなのだろう? オケとの調和も見事だったが,それでも何か物足りない。音の重心が軽いような気がするんだが。席がオケの真横なので,どうしても正面で聴くよりもピアノの音が少し弱くなってしまうからかもしれない。しかし,アンコールで弾いたラフマニノフの変奏曲は素晴らしかったので,「皇帝」にはあまり向いていないのかもしれない。ロシア物はいいんじゃないかな。
最後はベートーヴェンの交響曲第7番。最初の「コリオラン」は昔の巨匠的というか独特の古くささがあったが,ここでは下野の意外な(と言っては失礼だな)若さがいい方に炸裂した。第3楽章がサラサラッと進むのが物足りない人もいたかもしれないが。この日のオケは,弦が特に良かったと思う。
この後下野竜也の挨拶があって,アンコールは「G線上のアリア」。いろんなおまけがついてきたお得感ありのコンサートだった。
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2008.03.15
[聖トーマス教会合唱団][ゲヴァントハウス管弦楽団][マタイ受難曲] 前にこの組み合わせで「マタイ」を聴いたのは5年前のことである。毎年「マタイ」はどこかで聴いているが,ここが一番好きである。合唱がボーイソプラノで,大人と違って変な感情移入がなく癖がない。大人が歌うと,どうしてもいろいろ味付け加えようとするから。ただし,時々挙動がおかしい子供もいる(笑 まあ小学校低学年くらいの子供もいるから仕方ないか)。指揮するのはゲオルク・クリストフ・ビラーという人だが,合唱団のカントールである。
この日は,福音史家役のマルティン・ペッツォルトがやや感情移入しすぎて熱くなっていたが,歌手の出来が全体的に良かった。また,指揮も演奏も一見淡々とやっているのが良かった。「マタイ」であまりいじるの好きじゃないので。元々劇的な音楽なのだから,普通に演奏すればそれだけで感動的になると思う。で,この曲長いので(笑),あまりいろいろされると疲れるのだ。まだ「マタイ受難曲」を生で聴いたことがない方がいたら,ここのが一番お勧めである。来年もあるかどうかは分からないが,チェックして欲しい。
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2008.03.11
[沢田研二] 今,私は,沢田研二大ブーム中である。盟友・もえたろう女史のカラオケリストを見たせいかもしれない。しかし,和田アキ子は来ないで,ジュリーだけが来た。最近はyoutubeでジュリーの映像を見まくり,iTuneでダウンロードしまくりの日々である。
子供の時もジュリーは好きだったが,歌手としての彼よりもドリフと一緒にコントをやっているような彼の方が好きだった。歌手としてのジュリーは子供の私には濃すぎたのだ。しかし,今や私もあの頃の彼と同じくらいの年になってしまった。
今になってやっと分かった。ジュリーの本当のカッコ良さを。
今なら心の底から言える。ジュリーは本当に素敵だと。
ジュリーのセクシーさは,「男らしさ全開」という方面では決してない。どちらかというと,ある年代の少年が漂わせる,男でもなく女でもない,大人でもなく子供でもない妖しさからくるものである。バタくさいようで,意外と和風だし。その昔「魔界転生」で天草四郎を演じていたが,まさしくそういう妖しさである。当時の歌声を聴くと少年っぽさを感じるし,歌っているときの仕草にしても,時々ものすごく子供っぽいことをする。そういう「何者でもない」,「いろいろなカテゴリの境界線上にいる」人って,今はいない。
ジュリーのすごいところは,女性ファンも勿論多いけど男性ファンも意外と多いことだ。私より少し上の年代の複数の男性が「子供の時にジュリーに憧れていた」と言っている。ジュリーみたいな人間になりたかったと。大人になれば単なる男にしかなれないことに気が付き始めた男の子が,テレビの中の「何者でもない人物」を見たらちょっとしたショックだろう。
そんな何者でもないジュリーは,あの時代の歌の中の「虚構」を表現するのにうってつけの人物だった。故・阿久悠の歌詞がものすごい。例えばサムライの冒頭。
片手にピストル
心に花束
唇に火の酒
背中に人生を
カッコよすぎる。あまりにもカッコよすぎて,その辺の人が言うと,気障かバカにしかみえないくらいだ。この歌のフィクションは沢田研二の存在によって成り立つのだ。
レコード大賞を獲った「勝手にしやがれ」の2番のサビも大好きだ。
夜と言うのに派手なレコードかけて
朝までふざけよう
ワンマンショーで
こんなのジュリー以外の人が歌っても何の説得力もない。子供っぽい悪ふざけ,大人の男のやせ我慢を両立させることが出来たのはジュリーの力だ。youtubeの「勝手にしやがれ」の映像を貼っておく。カッコ良さに失神しないように。当時「アイドル」はたくさんいたが,スーパースターといえたのはジュリーだけだと思う。
しかし,そんな彼も年をとってきて,顎の下のお肉がどうにもならなくなってきた(笑)せいで,虚構性がなくなってしまった。そんな京都の旦那みたいな現在の彼も実は好きである。何しろ,彼と志村けんの舞台を観に行ったくらいですから(笑)

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2008.03.01
今月2度目のホーネック。残念ながらもう読響には来ないらしい。そう言わずに,3年に1回くらい来てくれるといいのになあ。客が呼べないからか。こんないい指揮者なのになぜ会場が満員にならないというのが不思議でならない。
ホーネックなんだけど,いわゆる「爆演」好きには物足りないかもしれない。ホーネックの良さは,弱音部の繊細さにあるからだ。あと強い音の後の余韻の残し方も独特で,聴いていて「おお,この部分はこういう風に聴こえるのか」と思うところも多々ある。好みは分かれると思うが,これから人気が出そう,というかもう人気は出ているか。
さて,この日のプログラムの前半は,ショスタコーヴィッチのチェロ協奏曲第1番。ソリストはジャン・ワン。スケールが大きくかつどこか哀愁が漂う音色がこの曲によく合っていたと思います。アンコールは中国民謡。
後半はR.シュトラウスの「英雄の生涯」。実演で接したのは,ヤンソンス&コンセルトヘボウ,アシュケナージ&N響の2回だが,どちらもつまらなかった。そりゃ,コンセルトヘボウは上手いんだけど,単に上手ければいいのかっていうとそうじゃない。あとN響は金管がグダグダで。
しかしこの日の読響は本当に凄かった。最初のホルンのパートから「今日の演奏は凄いものになるなあ」という予感を抱かせるものだった。最初は時々アンサンブルが崩れそうになることもあったが,途中からは全くそういうことはなかった。木管,ホルンが良かった。特に素晴らしかったのはコンマスの小森谷さん。音色が美しく,かつ情熱的な演奏だった。こんな素晴らしい演奏をする人が3番目のコンマスってのもすごい。あ,大事なことを忘れていた。この日のティンパニは菅原さんだった。
最後のパートが一番の聴きどころだったか。フライング拍手もなく,美しく音楽が終わった。本当に素晴らしい演奏会だった。
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2008.02.15
[読売日響] 久しぶりの読響です。今回の名曲シリーズは,マーラー交響曲第2番「復活」です。指揮はマンフレッド・ホーネック。ホーネックは今まで聴いたことがなかったのですが,評判が良いので行ってみることにしました。来年来ないんだよね……。「復活」というとドレスデンでも聴きましたが,それよりは歌手と合唱が落ちるのはどうしようもないと腹を括って,サントリーホールへ。
感想。ホーネックは素晴らしい! 合唱は学生だからしょうがないのと,歌手もまああのくらいなのはどうしようもないとして,ホーネックの指揮がすごい。大体この曲は,第1楽章で盛り上がって,第2楽章,第3楽章辺りでだれるんですが,逆に聞き応えがありました。超弱音にも独特の余韻を乗せる,非常に細かい音づくりに驚愕し,感動しました。また,それについていく読響も素晴らしかった。普通のオケだと完全に落ちてると思う。指揮振りもかっこいいし,これは人気も出るかな。18日も期待出来そうです。
来年来ないのが本当に残念です。こういう指揮者が2年に1度くらい来ると読響はもっとすごくなるんですが。
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2007.12.28
[下野竜也][読売日響] 今年の第九は下野に決定。これが今年最後のコンサートです。12月20日に行って参りました。今年の合唱は新国立劇場合唱団ということもあって非常に楽しみにしていました。
下野の指揮はスピーディなのに音にふくらみがあって良かったですね。ただ,サントリーは改装後に2階のデルタ地域の音響が悪くなったような気がするんですが。音が遠くなったというか。今後は舞台から遠くても正面の方がいいかもしれないですな。あと,客層が定期と違うせいか落ち着きがない人が多かったなあ。なぜ小銭とか落とすか。
しかし,第3楽章までは結構良かったですね。オケが一体となっているので,どこのパートがいいとかそういう感想を全く持たなかったくらい良かった。大概第3楽章くらいで飽きるんですが(笑)そういうダレも全くなかった。第4楽章はもう少しタメがあっても良かったかな。
唯一の問題はあのバリトンはちょっと苦手……。そもそもあれはバリトンなのか?(笑) 合唱団はやっぱりプロなだけあって素晴らしかったです。年の最後にいい演奏会で満足でございました。
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2007.12.08
[ファビオ・ルイジ][ドレスデン国立歌劇場][サロメ] 個人的には今年最後のオペラがこれ。上演時間が短いので,プレトークがついていた。主にムスバッハの演出についての解説だが,どういう意味でこういう演出にしたかということが詳しく説明されていた。10月の「モーゼとアロン」もムスバッハの演出だったが,現代的な意味を持たせるとか,視覚的にあまり親切でないとかそういう特徴がある。苦手な人は苦手かも。
で,今回の見所だが,あの「7つのヴェールの踊り」は完全に意味不明。踊ってるのはヘロディアスなどで,サロメは殆ど舞台に出てこない。その後で「見事な踊りだ!」と言われてもねえ(もともとあの部分は結構かったるいが)。
ただ,サロメの造形はいいと思った。まだ16歳の少女が義父に性的な目で見られることや母親が性的なところで問題があることを激しく嫌悪しながらも,自分も性的な要素で人の心をもてあそんでいる。そんな中,自分を全く性的に見ない男,世の中から超越している男に対して憧れの心を持つようになる。その男に拒絶された少女は,男の首とともに世の中から離れていこうとする。そんな話になっていた。サロメを演じるカミッラ・ニールンドは,エロい感じのサロメではなく,思春期独特のエキセントリックさを感じさせるサロメだった。世の中に対する嫌悪や大人になることへの恐怖や超越したものへの憧れといった複雑な感情を持っているサロメだった。ヨカナーンは「預言者にしてはややメタボではないか」とも思ったが,歌は良かった。あとヘロディアスのガブリエレ・シュナウトは大人の女の狡猾さや妖しさが出ていて,サロメといい対比になっていた。
そして,やはりドレスデンの演奏は素晴らしい。ルイジの指揮も。そういえば,ルイジもメルクルも何年か前までは普通にN響に来てたのになあ……。押さえとけば良かったのになあ。
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2007.12.05
[ファビオ・ルイジ][ドレスデン国立歌劇場][ばらの騎士] 今年の秋はなぜか方々で「ばらの騎士」が上演されてました。いろいろキャストなど見比べた挙句,結局これを観に行く事に決定。直前に指揮者がルイジに代わったり,更には,元帥夫人役に予定されていたアンゲラ・デノケが急病で来られなくなったりとハプニング続きでしたが,今年の秋のオペラで私が一番気に入ったのはこれです。初めて「ばらの騎士」を生で観たのだけど,この年齢になったから身にしみる内容ですね。会場を出る時に後ろにいた若いカップル(大学生くらいか)が「うーん」みたいなこと言ってたけど,20代前半には元帥夫人の気持ちはまだ分からんのだよ。元帥夫人と同い年くらいの年齢(といっても,当時の30代の方が今よりもずっと大人なんだけど)になれば,きっと分かってくるのだよ。
代役のアンネ・シュヴァンネヴィルムスは気品が溢れていて非常に良かったです。一番素晴らしかったのは,オクタヴィアン役のアンケ・ヴォンドゥング。マーラーの「復活」で聴いた時にも素晴らしい歌手だと思ったけど,この日はそれ以上に良かった。特に第3幕で女装しているところが一番良かったな。今後要注目。森麻季はあんなものかと。声が独特。アンケ・ヴォンドゥングと並ぶと(余計)演技が単調に見えるのがちょっと。
演出ですが,現代風で犬まで出てくるのはビックリ(どうも「出演犬」を募集していたらしい)。SM の女王とかボクサーには一体何の意味が? 現代風なので余計に性的に生々しい感じもしました。確かに「有閑マダムと若いツバメの愛と別れ」の話なんだけどさ。
そして,ルイジの指揮も非常に良かったです。「復活」の時はちょっと「?」でしたが,R.シュトラウスが向いてるのかな。華やかで美しいけどどこか刹那的で物悲しい音楽にとても合ってる。2009年にドレスデンシュターツカペレはルイジとともに来日する予定なので,その時も勿論駆けつけようと思っております。
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2007.11.29
[準メルクル][ドレスデン国立歌劇場][タンホイザー] ドレスデンのオペラ第1弾。直前になって,「タンホイザー」の指揮者が「音楽的理由によって」当初予定されていたファビオ・ルイジから変更されたので話題になりました。私は準メルクルの回に行きました。ペーター・コンビチュニーの演出ということで,ついていけるかどうか不安になる。
案の上,あまりついて行けなかった。悪趣味なのは相変わらず。最初の,人形のタンホイザーをいたぶったり,大きな人形のタンホイザーが明らかにキリストを狙ったものだったりするところで,ちょっとひく。第1幕から巡礼が現れてタンホイザーをあがめたりとか,キリストと重ねてるんだけど,後の幕を考えるとかなりの悪趣味。第1幕の舞台の上は赤と緑。ノルウェイの森?(笑) 生命の象徴なのかな。人間が黒で,エリーザベトが白の衣装なのも意味があるな。第1幕最後とか第2幕の歌合戦の前の子供っぽい演技も,人間社会に対するイヤミを感じた。また,第2幕の最後で,フラッシュのように人物を止めるというベタとかいろいろひっかかるところがある。
そもそもタンホイザーの造形が子供っぽい。確かに,あれもしたいけどこれもしたい,いい気になって反逆してみたらみんなに反発されて,何とかしようと思ったら何ともならないから逃げよう,というのは「子供」なのだろう。ワーグナーのオペラに出てくるテノールはたいてい子供っぽい。しかし,ここまで子供っぽいと「バカ」に見えかねない。
最後もなんだか意味が分からないまま終ってしまった。ヴェーヌスはタンホイザーとエリーザベトを抱きながら,生きていたのか死んでいたのか。
とタラタラ書いてみたが,音楽自体は非常に良かった。準メルクルはややテンポが速いところがあるが,メリハリのある指揮をしていた。いい指揮者だと思った。N響の時はフツーだったが(笑) またオケの音が素晴らしいこと! これ聴いただけで良かったなと思った。タンホイザー役のロバート・ギャンビルは,前のバイエルンの時も出ていたが,少し声がこもっている感じがする。が,それが憂いがあるように聴こえたりする。前よりも格段に良いと思った。
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2007.11.22


[ファビオ・ルイジ][ドレスデン国立歌劇場]今月はドレスデン強化月間。その最初はサントリーホールで行なわれた特別コンサート。曲はマーラーの「復活」。↑の写真だが,左は指揮者のファビオ・ルイジで,右はグスタフ・マーラーである。どうでもいい話だが,類似している(笑) 顔が似ているからこの曲を選んだというわけではないだろうが。
ドレスデン国立歌劇場は今年からファビオ・ルイジが首席指揮者となった。ずいぶん若い人を指名したものだ。長期的にルイジでやっていくということなのかな。
さて,肝心のコンサートの方だが,最初はルイジの派手な指揮ばかり目立ち,演奏はちょっと「?」だった。弦はいつもながらとても澄んでいて美しく,管もうまいが,いまいち乗り切れない感じがした。
しかし,ソリストが入ってからぐっとよくなった。この日のソリストは,カミッラ・ニールンドとアンケ・ヴォンドゥング,って結構すごいな。もともと歌が入ってからの方が好きなせいもあるが,ルイジの指揮もこの辺りで乗ってきたように見えた。やっぱりオペラ指揮者なので歌があった方がいいのでしょうか。
最終楽章は,金管も素晴らしかったが,何と言っても合唱団が凄かった!! 劇場付きの合唱団なのでうまいのは当然だと思われるかもしれないが,残念ながら日本ではこのような素晴らしい合唱はなかなか聴くことができない。特に弱音部が素晴らしい。小さな声ではあるが,会場のスミまで確実に届く声で,しかも感情を込めて歌っている。また男声合唱が素晴らしい。中央のバリトンのおじさんなんて,すごく立派な感じで歌っているのだ。
よみがえる,そう,よみがえるだろう,おまえは
わが心よ,一瞬のうちに!
おまえが刻みつけていた鼓動が,
神へとおまえを運んでゆくだろう!
合唱と演奏が相乗効果を起こし,最後にはとても感動的な曲となった。まあ,そういう曲なんですけどね。オケと合唱の素晴らしさを堪能出来た。ルイジ自体は,この日はちょっと分からなかったが(なんですが,「ばらの騎士」の指揮は良かったです。この感想はまた改めて)。
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2007.11.14
[ティーレマン][ミュンヘンフィルハーモニー管弦楽団] 11月4日の公演の感想です。この日のプログラムは,ブルックナーの5番のみ。このプログラムはこの日1日しかありませんでした。前日に比べて曲がポピュラーでないせいか,満員とはならず。有名な最前列オヤジもいなかったよ!いるのはヲタクだけです。
しかし,この日は大当たりでした。前日とは全然違って,ミュンヘンフィルの力が発揮されていた名演奏だったと思います。ブルックナーを日本のオケで演奏すると,「第2楽章あたりで弛れる」,「第4楽章の大詰めで力尽きる」というのが多いのですが,全くそんなことはありません。金管がやっぱりすごいんですね。
で,今までCDでもコンサートでも何度かこの曲を聴いてきたのですが,この曲の素晴らしさや凄さや美しさが初めて「分かった」という感覚を持ちました。いくつかの主要旋律が重ねられ繰り返され,最後に統合される。その1つ1つの意味,なぜこの曲が「宇宙的」と言われるのかという意味が実感されました。で,ティーレマンも,多分この日のプログラムの方が気合が入っていたのではないかと(笑) 拍手が早かったのが残念でしたが,この日は名演でした。感動した!(笑)
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2007.11.10
[ティーレマン][ミュンヘンフィルハーモニー管弦楽団] 2日連続でミュンヘンフィルを聴きに行きました。ミュンヘンフィルといえば,クナとかケンペとかの優れた録音がたくさんありますが,来日公演は多くないことでも有名です。指揮者はティーレマン。イープラスの特集ページにある,バチカンにおける「タンホイザー」序曲の動画を観てみたら,昔の巨匠みたいな感じだし,次にいつ見られるか分からないので,プレオーダーでチケットを確保しました。
この日のプログラムは,以下のとおり。
R.シュトラウス:交響詩『ドン・ファン』op.20
R.シュトラウス:交響詩『死と変容』op.24
ブラームス:交響曲第1番 ハ短調 op.68
大阪でも倉敷でもこのプログラムです。この日は2階の正面に小泉純一郎氏がいたよ! 他のお客さんに声をかけられたりサインしたり写真撮られてたりしてました。人気者だな。ブラ1のせいか,会場は満員。
さて,前半のリヒャルトなんですが,まずこのオケの金管(特にホルン)がうまいのが聴きどころか。日本のオケだとどうしても金管が弱いので,「死と変容」とか難しいんですよね。木管もうまい。ただ,なぜか弦が弱い。ティーレマンについていけない感じ。ティーレマンの指揮ですが,武骨な感じで,速度とか音量とかいろいろ細かいことをやってるのですが,どうもいまいち。リヒャルトはもっとツヤツヤした方が良い(でも,「死と変容」ってバレンボイム&シカゴ響でも聴いたけど,何も覚えていない。難しい曲だな)。後半のブラ1も,変に大見得切ったりして,まあ面白いんだけど,でももうちょっと出来るはずなのに……というところ。ブラ1目当てに来たぬるいファンに喝を入れるためなのかどうかは知らないけど。
しかし,この日の一番の聴きどころは,アンコールにありました。「マイスタージンガー」序曲でした!! これは,本当に本当に素晴らしかった。なかなか聴けないと言えよう。ワーグナー好きの純ちゃんも感動した,はずです。
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2007.10.31
[ベルリン国立歌劇場][ダニエル・バレンボイム][モーゼとアロン] バレンボイム&ベルリン国立歌劇場の千秋楽は,シェーンベルクの「モーゼとアロン」。未完でかつテーマや音楽が難しいので殆ど上映されないことで有名です。ですが,これが一番面白かったです。最初から「構えても分からないから気楽に観よう」と思ったのが良かったのか,それとも演出の現代性のせいか。
まず,老若男女全員,「マトリックス」風の服装(カツラ・サングラス・黒スーツ)をしているというのが目を引きます。遠くから観ると誰が誰だか分からない。主役のモーゼとアロンでさえ,「こういう風に歌ってるから」以外に群衆と見分けはつかない。匿名の社会という暗喩か。テレビだかモニタを大量に舞台に置くということもしてたから,エジプトの民が「メディアの中で誰か神のように自分を導いてくれることを欲している人達」のように見える。そして,アロンが「ことばを持つ者(だが真理は持ってないかもしれないし求めようとしていないかもしれない者)」,モーゼが「真理を求めているが,民に伝えることばは持たない者」で,当時も現代も,前者の方が圧倒的に強い。最後にモーゼは上着を脱いで現れるのだが,「匿名性を脱した」段階ではあるが,既に民衆に言葉は伝わらず,言葉を勝手に伝えたアロンに対しても「その石版だって偶像だろ」と言われてしまう。音楽も,独白のようなモーゼのパートと「歌」となっているアロンのパートの対比が面白かった。
さて,このような演出なので,ブー出てましたね。ブーはいいんだけど,もうちょっと堂々と自信持ってやれよとちと思った。カコワルイ。千秋楽なので,カーテンコールの後は関係者一同舞台上で鏡割り(笑) バレンボイム,本当にお疲れさま。ありがとう!
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2007.10.23
[ベルリン国立歌劇場][ダニエル・バレンボイム][トリスタンとイゾルデ] 全公演が終了し,ネタバレの心配がなくなったので,ここで感想を上げときます。この「トリスタンとイゾルデ」は全部で4公演あったのですが,その初日である神奈川県民ホールでの公演を観に行きました。
感想ですが……,本当はあまり悪いことは書きたくないのです。贅沢を望んだらキリがないし,今は聴くことが出来ない歌手と比べるのは限りなく不毛だと思うので。歌舞伎に喩えると,「歌右衛門の政岡が最高で,それ以外はない」と言ったところで,もうその舞台に触れることは出来ないわけだから,どうしようもないし,「だからなんだって言うんだよ」としか言いようがない。
なんですが……,あのトリスタンはないだろう。2001年にバイエルン・コンヴィチュニー演出のを観に行った時,演出の意味が分からなかったせいか,つまんねえ話だなという感想しか抱けなかったので(ひどいな),相性が悪いのかもしれないですが,それにしてもあのトリスタンはなあ。現時点であれ以上を望むのは無理なんだろうか。初日だったせいなのか,声が出てなかった。オケに対して明らかに負けている。声だけで精いっぱいだから歌にニュアンスをつけるなんて無理で。オケの音量が大きすぎるのかとも思ったのですが,イゾルデ役のマイヤーは全くそんなことはなかったので,力量なのでしょう。マイヤーはメゾソプラノというせいもあって,少し大人なイゾルデ。第1幕におけるイゾルデの複雑な感情が細やかに表現されてました。最後の「愛の死」は本当に見事です。
そして,マルケ王のルネ・パペも良かった。ただ,この人少し見た目が若いせいもあって,「マルケ王でいいのではないか>イゾルデ」と思ったのは私だけだろうか。渋くてカッコいいんだよな。
あとクプファーの演出ですが,意外と正統派だけど意味深。あの羽が生えた人物の像だけど,うずくまる堕天使にも見えるし,キメラのような怪物にも見える。きっといろんな意味に見えるように作られているのだろうが,トリスタンとイゾルデの姿にもそれを見る私達の姿にもなるのだろう。
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2007.10.06
[ベルリン国立歌劇場][ダニエル・バレンボイム][ドン・ジョバンニ] 今年の秋はベルリンとドレスデンが相次いで来日し,ドイツオペラファンは散財気味ではないかと思う今日この頃ですが,皆様いかがお過ごしでしょうか? それはともかく,バレンボイム指揮・ベルリン国立歌劇場の「ドン・ジョバンニ」(東京文化会館)を観てきました。このコンビによる2002年の「指輪」は残念ながら観に行けず非常に残念な思いをしました。
まず,今回の舞台ですが,気になったのが,演出がトーマス・ラングホフだったこと。この人の演出によるバイエルン国立歌劇場の「マイスタージンガー」2005年に観にいきましたが,現代的でシニカルな演出だったのが印象に残っています。シニカルというか後味が悪いというか。そして,今回も実にそんな感じでした。
確かにドン・ジョバンニは,本当にあらゆる女を誘惑し続け,そのために従者のレポレロをひどい目に遭わせ続け,人殺しをしても「別にばれなきゃいい」くらいにしか思わない悪人ではあります。でも,「本当の極悪人」かというとそういう風にも見えない。歌手の性質もあるのかもしれないけど,モーツァルトの時代と違って現代では,この手の悪人が「極悪人」とまで見えなくなってしまっているのかもしれない。単なる「反省のない悪人」。まあ,1000人切りくらいで喜んでいる人間だから。
そして,誘惑される女やレポレロが善人かというとそういう風にも見えない。女ってずるいよね。誘惑されそうになっても恋人や自分にいろいろ言い訳して,涙まで流して,自分は純潔なんだと信じ込む,そういう偽善者。レポレロだって,ひどい目に遭いながらも多分うまい汁は吸ってきたんだろう。そういう人達が,ドン・ジョバンニが地獄に堕ちた後に「悪はいつかは滅びるのだ」と歌うわけですよ。世の中ってそういうもんなんだけど。「ドン・ジョバンニ」を生で観るのは初めてなので原作でもそうなのか,演出のせいで余計そう見えるのかは判別出来ないのですが。
さて,歌手の方ですが,レポレロのハンノ・ミューラー・ブラッハマンが良かったです。しょうもない小悪党のようで。あと,エルヴィーラのアンネッテ・ダッシュが意外と落ち着いた感じで舞台を引き締めていたように思います。ドンナ・アンナのアンナ・サムイルの声が少しきつかったのでコントラストがついて良かったかなと。
バレンボイムの指揮ですが,序曲は何とも言えない不安定さがあったのですが(わざとなのかは分からず),舞台が進むにつれ生き生きとした音になっていきました。さすが。
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2007.08.25
[読売日響][三大交響曲] 昨年に続いて,今年も三大交響曲を聴きに行きました。サントリーはまだ工事中なので,わざわざみなとみらいまで(チケット買った後で,もっと家から近いオペラシティ公演の案内が来たので,ちょっと悲しかった。まあいいやセット券だし)。みなとみらい線に乗ってたら,よさこいのコスプレの子供がたくさんいたよ。よさこいの人たちってなんで必要以上にバカに見えるかね。
今年の指揮者は下野竜也。1月のコンサートが非常に良かったので期待が持てる。この三大交響曲って「夏休みだしせっかくだからポピュラーな曲でも」という企画らしく,実際の客層も普段のコンサートよりも子供やお年寄りが多かった。しかし,この3つの曲って続けて聴くと結構しんどい。演奏するのも大変そう。
そして,実際の演奏なんだが。3階の奥の方の一番安い席だったせいか,ちょっと音が遠いせいもあるかもしれないが,「古いレコードのような音」がした。と書くと悪く取られるかもしれないが,いい意味で古めかしいスタイルの音楽だった。昔の名匠みたいなんですよ。「未完成」,「運命」も素晴らしいのだけど,やはり下野の十八番の「新世界から」がベストといえよう。1つ1つの旋律や音を大切に大切に組み立てていく繊細さと,大らかさが共存した素晴らしい演奏だった。いい演奏だとあまり書くことがないというか文章にすると陳腐になるのでここら辺で。下野竜也は本当に素晴らしいですよ。
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2007.07.20
[パーヴォ・ヤルヴィ][ドイツカンマーフィルハーモニー管弦楽団] 最近,非常に評価の高いドイツカンマーフィルハーモニー管弦楽団を聴きに行った。去年の公演は残念ながら行けなくてとても後悔した。今回は初日のオペラシティのコンサートに行くことにしたというか,この時期は他の日に行けそうにない。
16日のプログラムは以下のとおり。
「プロメテウスの創造物」序曲
ヴァイオリン協奏曲 ニ長調
交響曲第3番「英雄」
ドイツカンマーフィルは編成が小さい。しかしこの小さい編成によって,それぞれの音が引き立ち,それぞれの旋律のやり取りがよく分かる。弦の音は硬質で引き締まっていると思った。しかし,オペラシティの大ホールでは少し辛いかもしれない。普通の編成のオケでもそうだけど,特にあの2階正面は音が遠い。オペラシティは1階の前の方か2階のサイド舞台近くが良い。
「プロメテウス」から適度な緊張感があり,いいコンサートの予感がする。が,なんとなく客が変。ずーっとビニールをがさがさしてるオバサンとか挙動不審なオジサンとかいる。これはソリスト目当てに来た客なのかもしれない。
次のヴァイオリンコンチェルトのソリストは諏訪内晶子。えーと,技術的には最高です。難曲をさらさらと弾いていきます。めちゃめちゃいい楽器使ってます。天下のストラディヴァリウスだもの。素晴らしい音色がホールに響き渡ります。適度に情感もあります。しかも,とっても美人です。
いいんじゃないでしょうか。今後私は彼女目当てにコンサートのチケットを取ることはないだろうけど,あまり癖がないからそこそこの満足感はあるし,あまり外れはなさそうだし,「諏訪内聴いた」って自慢もできるし。歌舞伎に喩えると「玉三郎よりも福助が好き」という人間の趣味なので,まあそういうことで。
最後は「英雄」。前の方で弦の音について言及したが,実はこのオケは管がめちゃめちゃうまい。あと,ヤルヴィの指揮について何も書いてなかったが,繰り返しでも少しずつ変化をつけるなど,さまざまな工夫はしていた。楽章の間もあまり間をあけず,連続性を持たせることで,独特の緊迫感を生んでいたが,少し疲れた(笑) でも,ヤルヴィは本当にすごい指揮者ですよ。N響はちゃんと押さえとけば良かったのにね。
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2007.05.31
[指揮者] この間産経新聞に,指揮者のフルトヴェングラーに関する記事が載っていた。彼の戦中戦後の政治的な姿勢を,同時代の指揮者であるトスカニーニと対比させて論じた記事で,こういってはなんだが,「既にいろんなところで議論されている」ネタであった。
それはともかく,フルトヴェングラーにこんな枕詞がついていた。
世界三大指揮者の一人であるフルトヴェングラーは……
世界三大指揮者??
いや,別にフルトヴェングラーの偉大さを疑ったりケチをつけようとしているわけではない。しかし,世界三大指揮者って聞いたことがないんだが。三大テノールや三大交響曲は聞いたことがあるが,指揮者に「三大」ってあるのか? ウィキペディアの
世界三大一覧にも載ってないのだが。大体あと2人は誰なんだ? トスカニーニか? カラヤンか? ワルターか? クナか? 大体において,偉大な指揮者を3人に絞れるのか?
みたいな文章をmixiに書いたら,とある人からのタレコミがあった。どうやら,フルトヴェングラー,トスカニーニ,ワルターの3名が「三大巨匠」と日本で呼ばれているようだ。ブルーノ・ワルターの項にも書かれている。これが答えのようだ。
それにしてもずいぶんと時代が偏ってないか。20世紀のある時代限定じゃないか。いや,彼らの偉大さにケチを付ける気はないが,「録音の力」と「政治態度」が強調された選択に思える。「三大テノール」みたいなものだと思えば良いのだろうか。ライバル同士ではあるが,うまい具合にキャラがかぶりにくい,同時代の3人の名歌手を揃えて,世界ツアーをさせたわけですよ。うまいことを考えたもんであるよ。それに比べると「三大巨匠」はいまいち定着していない。
それにしても,どこの人達も「三大○○」というのが大好きであるなあ。「ナンバーワンを決める」だと,圧倒的な候補がいないと無理だし,たとえそうであっても揉めるものだが,実力があってお互いの持ち味がかぶらない候補を3つ選べば,支持する人も増える。例えば,昔の「御三家」もそうだな。全くかぶらない。話が相当古いが。
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2007.05.22
[チョン・ミョンフン][フランス放送フィルハーモニー管弦楽団] 行く予定のなかったコンサートなんですが,ご招待されました。萌え太郎しゃん,ありがとう! しかもS席。自腹で行くかというとちょっと微妙なコンサートです。値段設定が高すぎ。チョン・ミョンフンだからといってぼりすぎではないかと。そして,曲目は以下のとおりですが,あらかじめ調べずに行って,「なんだっけ,これ?」とか言ってるテイタラク。プログラムもらえないんだもの。2曲目がラヴェルなのとハルサイは分かったが。「ダフニスとクロエ」ってちゃんと聴いたことがないので……。
フォーレ:「ペレアスとメリザンド」 op.80
ラヴェル:バレエ音楽「ダフニスとクロエ」第2組曲
ストラヴィンスキー:バレエ音楽「春の祭典」
フォーレは部分的には「題名のない音楽会」のお蔭で有名な曲です。前半のラヴェルまではフランスのオケらしい,情緒とデリカシーに満ちた演
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