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2008.05.04

「ソウケケ歌謡ショー」の真相(その8)

 ソウケケ歌謡ショーも「2人のマダムとのデュエット」まで進んだ。実はこれで終わりではない。この後にまだ,熱狂(狂乱?)の「歌声喫茶」編,最後の最後まで宗家は宗家だった「宗家の挨拶(言い訳)」編,サイン会くらいやってもええやん「物販」編と続くのである。しかも,まだまだ見所があるのだ。宗家恐るべし。

 さて,「歌声喫茶」編に入る前に,羽衣さんは「ソウケケの狂言の評価」を送って下さった。「ソウケケ歌謡ショー」の真相(その1)でも狂言のレポを書いて下さったが,その時よりも詳しい感想を送って下さった。「狂言は見た事がないので,もしかすると的外れかも知れません。素人の感想だと思って下さい」と羽衣さんは謙遜しているが,結構重要なポイントを指摘して下さっているので,紹介する。
 まず,ソウケケの芸は全体的に「単調」に見えるということを指摘して下さった。まあ,狂言はセットもなければ特殊音響もない。歌舞伎みたいにトンボ切ったりするわけでもない。なので,下手な演者だと間延びした感じに見える。狂言って難しいんですよ。
 
 最初の「祝言小舞 鶴亀の舞」。

 宗家の地謡をまず聴いて思ったのが、線が細いということでした。宗家の声質はやや高いというのか、女性っぽいというのか、分からないけど、でもこれは宗家のせいではなく、仕方ないかもしれませんね。本当に女性ぽく聞こえた。

 実は「鶴亀の舞」についてGoogleで検索すると,和泉元彌師みずからの指導による狂言小謡「鶴亀の舞」(Youtube)という動画が見つかった。和泉元彌,三宅藤九郎による金城学院大学現代文科学部での講義風景がYoutubeにアップされている。これを見る限り,宗家の声はかなり高い。女子学生に教えるために声を高くしているかもしれないが,共演者が女性ばかりだからかもしれない。たった1週間の講義で素人に謡を謡わせるためかもしれないが,教え方が独特だと思った。狂言の謡の「リズム」は教えないのね。「音程が高いところは上げきる」という問題じゃなくて,「リズム(拍子)に乗せる」のが大事だと思っていたのだが。ちなみに私が教わった先生は拍子とりながら教えてくれたが,この教え方は1週間ではダメだから使えないのかも知れない。
 

私はこういう地謡というのは、ある種の抑揚というのか、強弱というのか、リズムがあると思っていましたが、全く感じられなかった。私は慶子ちゃんの動きがギクギクしたと書きました。なぜこれが目立ったかと考えました。宗家が全然彼女をフォローというか導いていなかったことが原因ではないかと思います。宗家は自分に夢中で慶子ちゃんに関心があるように見えませんでした。慶子ちゃんは自分で拍を取りながら進んでいたと思います。慶子ちゃんは子供だから宗家が合わせるものですが、合わせてるという感じが全くありませんでした。だから二人の間で協調が感じられず、ぎこちなさが余計に目立ってしまったのかも知れません。子供は気の毒ですが・・・

 能楽堂ではないところで小舞を舞うのは,いつもと感覚が変わって難しいと思う。舞台の広さが違ったりするし。オトナならともかく,子供にとっては特に難しいだろう。慶子ちゃんの動きがぎこちなかったのは,いつもと違ったところだったからかもしれない。ちゃんとリハしたんですよね,きっと。あと,地謡は舞っている人に合わせるべきですね。まあ,ぎこちない方が「子供が一生懸命やってる!」感があっていいのかもしれないですが。
 次の「痺」は「もう記憶にない」そうです(笑) あーいた,あいたあいた。そして最後の「昆布売」

これに関しては、以前コバヤシさんが書いていた「間」のことがよく分かりました。本当に間合いがありませんでした。台詞が終わるか終わらないかのうちに、すぐ台詞を言っていました。1拍か2拍あけたほうが、効果的なのになあと感じました。昆布売は何度か同じ繰り返しが出てきましたが、どれも同じ調子でした。普通は後へいけばいくほど大げさになっていくと思うのですが、同じ調子でした。でもそんなものかも知れないと思ってみていました。それに台詞の調子も全部同じ感じで強調とか全く感じませんでした。
   「間抜け」は相変わらずか。「昆布売」は刀を手にした昆布売が逆に大名を脅して昆布を売らせようという話だが,その時にいろんな謡をさせる。最初は嫌々だったはずの大名がどんどんとノリノリになっていくのが面白いところのはずだ。私も終わりに向けてどんどんとテンションが上がっていく方がいいと思うのだが……。それよりも気になったのは次のこと。
特に気になったのが、祥子が足を下ろすときドスドスといっていたことです。これはけっこう耳につきました。なんでこんなにドスドスするねんという、感じです。宗家は「米米」の時のほうが足が上がっていたような気がします。

足を下ろす時ドスドスいう? 足を下ろす時に音を立てていい時と悪い時がある。「昆布売」だったら,刀を振り上げて脅す時とか,舞で拍子を取る時に鳴らす。それだけなら別に問題はない。念のために羽衣さんに確認を取ってみたところ,帰っていく時もドスドスしていたとのことである。

帰っていく時? 何故?

 昆布売ってすり足で歩くんじゃなかったっけ? すり足で退場すれば,音はしないはずである。しかし羽衣さんの文章を見る限り,「帰っていく時に,足を上げている。更に音をさせている」ということになる。昆布売って山伏みたいな歩き方するっけ? 時々宗家の記事を書いていると,自分の知識や記憶に自信がなくなるのだが,誰か覚えている方教えて下さい。あと,たとえ山伏歩きだとしても(違うと思うんだけど),足を下ろす時にいちいち音をさせない。和泉元彌まとめサイトにも書いてあるけど,野村も三宅もそんなことをしない。お父さんもそんなことしてなかったと思うよ,多分。
 この感想を読んで,一回宗家の芸を生で確認しなくてはならないという気にはなった。山伏の足の運びではどうしているのか? 中抜きはまだやってるのか? やっぱり間抜けなのか?

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Comments

狂言師・狂言愛好家等の皆様、コメントをお待ちしています。
 
 私は素人なので、狂言というものが全くわかりません。したがって宗家の狂言がどの位置にあるのか興味があります。コバヤシさんはソウケケ芸を狂言通は観ない、と言っていましたが・・・そもそも狂言の良し悪しとはどういうことか。人間国宝の素晴らしさ、て。等等。ぜひ知りたいのです。
 「羽衣、間違っている」「宗家のここが素晴らしい」とか何でもいいですから、お願いします。
 個人的な見解ですが、私は「宗家」とは必ずしも芸術家でなくてかまわないと思っています。むしろ中庸である方がいいのでは、と思っています。しかし、この狂言における普通のラインが分からないので、ぜひコメントお願いします。
 

Posted by: 羽衣 | 2008.05.06 at 02:39 PM

 能狂言,歌舞伎といった伝統芸能で,最低限守るべきところは「先人から伝えられたものを守ること」だと考えています。勿論,新作は作りますし,演出も完全に同じものを保守し続けるわけではないですが,例えば,すり足で歩くところを全部スキップするといったことは絶対にしないわけです。
 で,ソウケケの芸でもっともマズイところは,「先人から伝えられたものをそのままやってない,型が守られていない」ことです。しかも「今の時代に合わせて,そういう風にしている」ならまだいいんですが,ソウケケは「600年前からずっと同じだ」と言い張っている。狂言の上手い下手以前に,伝統芸能とは言いがたいです。「狂言風コント」という新ジャンルの演劇なら,別にいいと思います。

Posted by: コバヤシ | 2008.05.06 at 04:06 PM

 はじめまして、「和泉元彌まとめサイト」にリンクされた「もの申す」を書いた者です。
 山伏歩きで歩くたびにドンドンと足を踏み鳴らしていたと書きましたが、山伏歩きでも、脅す(あるいは驚いた)時などに、わざと足を踏み鳴らすことはあっても、常に踏み鳴らして歩くと言うことはありません。
 「昆布売」でもドスドスさせていましたか?「昆布売」には、山伏は出てきませんね。山伏以外は、摺り足が普通です。大蔵流では、山伏も摺り足です。
 文化会館の仮設舞台で音が響き過ぎるということはありますが、それでも、摺り足で歩くのにドスドス音がするというのは考えられません。それは、基本の足の運び事態が摺り足になっていないということです。

 私の観た会は、セルリアンタワー能楽堂という、ちゃんとした能舞台での会でしたが、そこで、最後に3姉弟でのトークの後もドスドス足音を鳴らして帰っていきました。解説で出てきたとしても、他の能楽師で、能舞台の上をドスドス音を鳴らして歩く人は見たことがありません。「なんだこれ」と思いました。

Posted by: ムラ | 2008.05.11 at 05:58 PM

ムラさん
 はじめまして。コメントどうもありがとうございます。
 そうですよね,山伏が足で音を鳴らすのは,最初の名乗りの「飛ぶ鳥も祈り落すほどの強力じゃ」の「落す」のところとか,相手を脅す時とか,舞で拍子を取る時くらいですよね。
 この「昆布売」については,エントリにも書いてますが,実際に舞台を観た羽衣さんは「帰る時にも昆布売役の藤九郎がドスドスうるさかった」と仰っています。舞台が古くて「ギシギシ」ならともかくも,摺り足で「ドスドス」はありえないと思います。「昆布売」って摺り足のはずなんですが,どうしてそんなことになったのか不思議なんです。括袴だからだろうか……。

 故・元秀師がこんな風に教えたはずはありません。元秀師はそんなことは舞台ではしてませんでした。現在の宗家達には「父に教わった通りにやってる」なんて言って欲しくないです。お父さんの名前を貶めることになりますから(あ,でも,既に貶めてますね)。
 舞台での歩き方なんですけど,金城でのレクチャーを観たら,
「舞台に出る時は摺り足じゃないんだけど摺り足っぽくというか」
みたいな教え方してました。いや,摺り足なんじゃないの。

Posted by: コバヤシ | 2008.05.11 at 10:36 PM

素人考えですが歩法は音を立てないほうが難しいですよね。
単に楽してるのでは。

Posted by: 砂野 | 2008.05.12 at 08:58 AM

それは正しいですよ。足先に神経が行ってないと音を立てずに歩くことは出来ません。前に砂野さんは「萬斎はピーンとした感じがするが,モトヤは普通の兄ちゃんだ」みたいなこと書いてませんでしたっけ? 萬斎のピーンとした感じというのは,体の隅々まで統制しているからです。
モトヤンですが,「普段は楽してるけどいざとなればできる」のか「もはやできない」のかが分かりません。

Posted by: コバヤシ | 2008.05.12 at 11:15 AM

ピーンじゃないです(笑)。
「体温が無い木彫り人形のような卓越した存在感」て
書いたと思います。歩法については「体重が無いような」て
とこで、科学的に解いたら筋力の問題なので練習を怠けたら
衰えてしまいますよね。

Posted by: 砂野 | 2008.05.12 at 08:06 PM

失礼しました。その「人形のような」というのが,鍛練の賜物なのです。歩いても音はしないし,無駄な動きも全くないのです。でも,モトヤンは一からやらないとダメですね。

Posted by: コバヤシ | 2008.05.12 at 08:15 PM

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