「ソウケケ歌謡ショー」の真相(その1)
先日,「和泉流狂言と生バンドによる歌謡ショー」を紹介するエントリを書いた。「一体どんなイベントなんだ!?」とツッコミを入れたところ,イベントが行われた翌日にこのブログに設置しているメールフォーム経由で1通のメールが届いた。
送って下さったのは「羽衣」様。何と宗家の公演を観に行ったそうである。長らく和泉宗家を生暖かく追っかけている「日々カタログ。」であるが,「宗家の公演を観た」人からのメール,コメントは初めてである。何でも長く書き続けてみるものである。
羽衣様は宗家の公演を見るのは初めてだったそうだが,あまりの衝撃(笑撃)に,ついメールを送ってしまったそうだ。
宗家の新境地,ここにありといったところ。館内の人達も「こんなに笑ったのは何年ぶりやろか」「漫才より面白い」と賞賛していました。
出来ればこの公演をみんなに知って欲しい,全国の人にみて欲しいと思っています。
笑いにうるさい大阪の人をこれだけ笑わせるとは! 内容についても書いてあったのだが,その数行の文章だけで,私も「この公演をぜひ観たい」と強く感じた。なぜ東京でやってくれないのか。これは勿論宗家の素晴らしさもあるのだが,羽衣様の文が冴え渡っているというのも大きい。
羽衣様の「この公演をみんなに知って欲しい」という熱い思いと御好意により,歌謡ショーのレポをこのブログで紹介させてもらうことになった。かなりの長文レポになるので(実はまだ終わっていないです),何回かに分けて紹介させてもらう。羽衣様はこのブログの読者の方を信頼して送って下さっているので,コメンターの方もそのようにお願いしますね。ショーの内容についての質問は答えて下さるはずです。あと,「能狂言をみるのは初めてだった」とのことなので,私の方で補足を加えています。引用部は羽衣様のレポ,地の文は私の補足です。和泉宗家の狂言が普通の能狂言かというと……ですが(笑)
ということで,レポはショーの「前日」から始まります。チケットを入手しようと決めた時からがショーの始まりなのです。
公演が本当に行われるか心配だったので,会館に電話すると電話に出た女性が,いぶかしがりながらでもきっぱりと「宗家は大阪に前日入りします。うちに限って遅刻やキャンセルはありません」とおっしゃりました。この堂々とした態度に感動し,これは期待がもてると翌日参加することに決定しました。
素晴らしい行動です。必ず前日に「本当に行われるかどうか」確認する,宗家の公演に臨む際の正しい態度と言えましょう。また,「前日入りする」,「うちに限って」という公民館の言葉が力強いです。翌日のショーで明らかになるのですが,公民館の館長と宗家は10年来の知人らしいので,それで公民館も強気だったか。「館長は宗家に対して優位な立場なのかも」というのが羽衣様の推測ですが,そうかもしれないですね。現に宗家に仕事あげてるわけですから。当日は15分前に到着し,券を無事入手出来たそうです。
最初は館長の挨拶から。この公演は,公民館開館1周年記念で行われたみたいです。ずいぶん大きな仕事ですね。そして,この挨拶が聞き物だったようです。
1周年の謝意につづき,宗家ご紹介。「男前が災いした」という発言に館内大爆笑。さすが10年来の知人である館長は一家の転がし方がうまいと感心。狂言の卒業試験の時に堺の少林寺に竹を取りに来る,伊勢神宮で年に1度奉納狂言をやっている旨説明。狂言の評価は一切なし。宗家の紹介の時に「男前が災いした」という発言が飛び出した模様です。他にもソウケケ転がしが行われたそうです。さすが関西。
後からのメールによる補足なのですが,「狂言は猿に始まり,狐に終わる」ということを館長はおっしゃったそうです。「靭猿」の猿役で初舞台を踏み,「釣狐」のシテの狐を演じることが一人前になるための修業からの卒業試験となるんですね。
で,今回このエントリを書くに当たって調べて初めて知ったのですが,堺の少林寺の竹が「釣狐」上演時に使われるんだそうです。こちらのページにありますが,「永徳元年(1381)塔頭耕雲庵の住持白蔵主が,鎮守稲荷 明神に參籠して霊狐を得,狂言大蔵流の始祖霊狐の所作を 狂言に作り,釣狐として上演されました。以後狂言歌舞伎 関係者は釣狐上演の際は当寺に參詣し技芸の上達上演の成 功を祈願し寺内の逆芽竹を1本祈祷してもらい持ち帰り,上演の時の杖に使用する慣習になっています。」とのことです。このことを館長はおっしゃったのでしょう(羽衣様,メールで違ったこと書いてすみませんでした……)。
少林寺に竹を取りに来る,伊勢神宮で奉納狂言をやっているという事実は紹介するけど,芸の評価をいっさいしないのが,ある意味ソウケケの芸に対する評価かもしれません。
次は,「祝言小舞 鶴亀の舞」(舞:慶子ちゃん 地唄:宗家)」。これちょっとビックリするのは,祝言小舞を子供だけに舞わせるのと,地謡が宗家しかいないこと。ちょっと情けなくないか? 公民館1周年を寿ぐ舞台となれば,宗家自ら舞うのが礼儀だと思うんですが……。あと,いくら子供でも地謡は3人はいないと。
羽衣様も,「ソウケケは子供を弾よけに使っているのか」と書かれてましたが,ちょっと違和感を感じていたようです。何というか,子供の芸をみたら,「可愛い」とか「一生懸命やってて偉いわねえ」と言うしかないじゃないですか。ヤジ飛ばしたり,批判するのは許されないというか。ソウケケがそういうことを狙っている匂いを感じられたようです。私も激しく同意します。子供は次の「痺」のシテの方がいいのに。
「痺」(主人:藤九郎 太郎冠者:淳子)。ここで面白いことが書かれています。
終了後、私の後ろの席の人の声が聞こえてきました。「なんや終わるの早いんじゃない?」「あほやな。和泉家の狂言は普通の狂言ちゃうやん」
えっ?!普通の狂言?普通じゃない狂言があるのか、私には意味がわかりません。コバヤシさんにぜひ公演を観賞してこの意味を解明していただきたい。
「痺」自体がとても短い狂言で,よく,素人のお弟子が最初に発表会で演じる演目がこれだったりします。もうちょっと難しいのやったらどうかと思いますが,それはいいとして。
実際の公演を観てないので断言は出来ないのですが,「普通の狂言ではない」というのは,もしかすると,まだ中抜きやってるのかもしれんですね。中抜きというのは,狂言を台本通りやらないで,途中をはしょること。2002年,宗家が爆発的に忙しく,ドタキャンだのダブルブッキングだのやっていた頃,上演時間を短くするために中抜きしていたのが話題になってました。まあ,最近のドラマも最終回直前になるとダイジェスト番組流して,最終回の視聴率を稼いでいます。「途中までのあらすじと最終回だけ観てドラマを見た気分になる」現代人のニーズに合わせた演出とも言えましょう。
和泉宗家は,「約600年同じ形で狂言を上演している」と言い張ってますけど。
あの「痺」ですら中抜きなのか,今はそんなに仕事が忙しくないはずなのに,まだ中抜きやってるのか,私も自分の目で確かめなくては。
次の「昆布売」(大名:宗家 昆布売:藤九郎)については「宗家のなさけない大名役に,とても演技とは思えないリアルさを感じ,一同大爆笑でした。」とのことです(笑) 刀で宗家を脅迫する藤九郎にも,とても演技とは思えないリアルさがあったことだと想像します。
第1部は,この後のワークショップまでなのですが,ここまででずいぶん長くなったので,ここで切ります。次のワークショップで,セッチーが華麗に登場します。次回もお楽しみに!
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Comments
おひさしぶりです。
続き早く読みたいです。
ところで、「桜の下に死体が埋まっている」と書いたのは、坂口安吾かと思ってました。
Posted by: 満月 | 2008.04.20 at 10:11 PM
満月さん,お久しぶりです!
仰る通り,坂口安吾でした!(笑) どうしよう,こっそり訂正していいものか……。
第2部も途中までレポを頂いているのですが,ここで宗家の衝撃的名言が出てきます。女性誌に「居候」呼ばわりされてしまった宗家ですが,いろんなことが心配になるようなお言葉でございます。もう少しお待ち下さい。
Posted by: コバヤシ | 2008.04.20 at 10:33 PM
「桜の下に死体が埋まっている」は梶井基次郎では?
両人が書いているんかな。
Posted by: 砂野 | 2008.04.21 at 12:36 AM
みなさま、はじめまして。
「桜の下・・・」は、宗家のショーを鑑賞したのちの、興奮の中で書いたものでよく調べずに、記憶だけで書いたものです・・・
それぐらい、宗家のショーに衝撃を受けたとご理解いただけたら幸いです。
トホホ
Posted by: 羽衣 | 2008.04.21 at 09:58 AM
皆様すみません! 梶井基次郎も「桜の樹の下には」と書いてました。私が知っていたのは安吾の方なので,勘違いしそうになりました。
羽衣さん,ごめんなさい。あまり気になさらないで下さいね。コメンターの方は博識な方が多いので,私もよくつっこまれてますので(笑)
Posted by: コバヤシ | 2008.04.21 at 10:54 AM