重要無形文化財問題
[和泉元彌] 久しぶりの和泉宗家エントリである。どうでもいいが,昨日投稿しようとしたら,ココログがメンテに入ってしまい,いったん記事が飛んでしまった。そんなことはいいか。和泉宗家の国立能楽堂公演まであと3日。きっとソウケケは追い込みに入っているだろう。子供は一生懸命だろう。私は観に行けないが,客の入りはどうなんだろう?
さて,以前より子分3号氏がコメント欄で問題としていることについて今回は書いてみる。wikipediaにおける和泉元彌の項目及び三宅藤九郎による家族紹介において,故・和泉元秀師が「重要無形文化財」あるいは「重要無形文化財保持者」とされていることである。おそらくwikipediaの方は藤九郎ページの記述を元に書かれたのだと思われる。
重要無形文化財には2種類あって,団体で認定されているものと個人で認定されているものがある。個人認定の場合は,いわゆる「人間国宝」である。狂言はもちろん重要無形文化財であり,元秀師は確かに「総合認定」はされていた。人間国宝ではなかった(別に元秀師の芸に問題があったというわけではなく,単に57歳という若さで亡くなったから)。しかし,このような場合は大体はあえて書かないことが多いし,書くとしても「総合」と入れるべきだと思う。しかし,和泉宗家は「重要無形文化財保持者」と書いている。このままじゃ元彌ちゃんは一生認定されない称号を立派なお父様は持っていたのよ,ということかもしれないが,わざと紛らわしい書き方をしているのかもしれない。彼らの今までの言動を考えれば,そういうこともありうる。
そして,現に,勘違いした人もいたようだ。たとえば,一部で話題になっていたあえて和泉元彌を弁護するというページだ。2002年の騒動時に書かれた文章のようだ。このページというかサイト自体はもう5年近く前から更新が止まっていて,書いた本人も自分の文章を忘れているかもしれないし,「あえて」と書いているくらいなので無理が多いのは本人も承知しているだろう。だからあまりつっこむのはやめておく。このサイト全体を見ての推測だが,どうもこの人は和泉元彌が好きで擁護したいのではなく,単にマスコミ批判の材料として取り上げていたようだ。
無理が多い文章だが,正しいことも書いている。「この一族は兄弟の揉め事が多い」。全くその通りである(笑) 野村,和泉ともに親族同士の争いが多すぎる。和泉3姉弟は今のところ円満のようだが,これは逆境のせいかもしれない。「宗家の芸が立派であることは,別に求められていない」というのも本当。でも,当時の職分会は「元彌の芸がダメだから宗家に相応しくない」といった批判をしていたわけではなかったと思う。「まだ宗家として若いから,こういう場合は後見人をつけたらどうでしょうか?」と言ったら,「うちの元彌ちゃんの芸はもう立派ザマス! 弟子が口出しするんじゃないザマス!」となったんじゃなかったか。「継承制度が完全に実力だけになったら,伝統芸能は終わり」というのもある程度そうだろう。しかし,伝統芸能は,実子の実力があまりにもといった場合,有望な弟子を「養子」にして後を継がせるという裏技を持っている。
このページの主張は,「”人間国宝”である元秀師が存命中は野村一族は口を出せなかったが,元秀師が亡くなったので,宗家の乗っ取りをたくらんだ」というものである。宗家乗っ取りという妄想仮説の妥当性はともかく,なぜ「人間国宝」という勘違いをしたのだろう? 宗家だから人間国宝に決まっていると思い込んだのか? でも,そうだとすると「宗家の芸が立派でなくても構わない」というところと矛盾しないか?
実はこの元ネタらしきものを発見した。イカす元彌という2000年から2002年までの騒動をまとめたページを見ていたら,一番最後に,和泉元彌のインタビュー記事が転載されていた。新聞名は書かれていないが,おそらく日刊スポーツではないか。日刊スポーツでは日曜に有名人のインタビュー記事を連載していた。「和泉元彌身長問題」の証拠として引用されているのだが,もっと大きな問題を発見した。
このインタビュー記事の最初から2段落目の「父の背中」の冒頭が次のように書かれている。
いつも、目の前に父の大好きな背中があった。父は人間国宝・和泉元秀氏(享年57)。
ちゃんと調べろ,マスコミ。これってすぐに分かることだろう。件のページの書き手がこの記事を読んでいたとしたら,マスコミ批判している人間がマスコミの報道を鵜呑みにしていたということになる。皮肉なものだ。しかし,いくらスポーツ紙だからといって,ヨイショインタビューだからといって,間違いを書いてはいかんよなあ。なぜこういう間違いをしたのか? 和泉宗家がそう申告したなら明らかな嘘吐きだということになるが,記者が「重要無形文化財保持者」を勝手に人間国宝だと思い込んだとしたらうかつすぎる。紛らわしいけどね。当時からこの一家はこんな感じだったのだろう。
別に私は故・元秀師を貶める気はない。結局人間国宝にはなれなかったが,それは芸云々という以前に残念ながら長生き出来なかったからである。少なくともあと20年生きたら,和泉宗家も今とは相当違ったものになっただろうと思う。





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