名字考 ~結局夫婦別姓問題ってどうなってるんだか~
知っている人は知っているが、コバヤシというのは私の旧姓であり、戸籍上の本名ではない。しかし、仕事上は旧姓を名乗っている。結婚前から一応旧姓で仕事しているせいだが、仕事の関係者にとっても同業者である私の連れ合いと区別するために、旧姓の方がありがたいようである。旧姓で仕事を続けるのは大変だと聞いていたが、最近は昔ほどうるさくなくなった。一応一筆書かされるし、給与関係の書類は本名、仕事上の書類は旧姓でサインしたりするのも、全く煩わしくないというと嘘になるが、そのくらいで済むなら別にいいかという感じだ。正直言って、名字なんてどうでもいいんだ(笑)
仕事上の書類がちゃんと配達されるように、家の表札は名字を連記している。前にマンションのセールスマンが、私がつれない回答をした腹いせに、
「お宅は名字が2つ書いてあるが、同棲なんでしょう? 同棲だからマンション買わないんでしょう?」
と非常に失礼かつ無知丸出しな言い草をしていった。
単に金がないから買えんのじゃ、ボケ。
烏山にモデルルーム作ってた○○不動産さん、こんなセールスマン使ってていいんですか? たとえ、事実婚でも手続きさえすれば共同でマンション買えますよ。買ってる人いますよ。名義手続きが面倒だけど。
と書くと、「やっぱり仕事でも本名にしたほうがいいのでは?」とか「やっぱり別姓賛成」になりがちなんだけど、私はそうは思っていない。実は、使い分けた方がいいこともあるのだ。特にイエ問題が面倒な状況の人には本当にお勧めだ。私の実家はかなりイエ意識が強い、というかかなり娘に対してうるさかったのだが、結婚して名字が変わった途端に距離を置くようになった(別に仲が悪くなったというわけではない。昔よりも過剰な干渉は減ったという意味で)。「うちの娘」じゃなくなったせいだろう。また逆に、仕事上旧姓を通すことが、連れ合いの実家に対しても「ヨメ」に来たのではないというアピールになっている。
誤解しないで欲しいのだけど、別にお互いの実家をないがしろにしたいわけでは決してない。ただ、共に旧来的な「ウチ」というベッタリとしたかつ排他的な関係を期待して欲しくないだけである。両家共に同じ距離でうまくやっていこうという。それは別に名字の問題ではなくこちらの態度の問題なのだけど、名字という分かりやすいラベルのせいで「向こう側」「こちら側」という区切りを勝手に作りがちなところもあると思う。
宮崎哲弥氏が前に「別姓制度はフェミニストの意図とは逆に、日本のイエ制度を強化するだけだ。」と述べていたが、私もそう思う。というか、夫婦別姓を唱えている女性政治家さんってことごとくおうちがすごいじゃないですか。お金とか利権とか地盤とかいろんな意味で。そのせいなのかなとか邪推してしまうんですけどね。
蛇足
「名字なんてどうでもいい」とは書いたが、婚姻届を書くときに連れ合いが「自分の姓を名乗るのが当然」みたいな態度をしたときはちょっと頭に来た。別に結婚したくないわけではないし、自分の旧姓に対して強い愛着があるわけでもないのに。昔新井素子が「結婚物語」でも同じようなことを書いていたことを思い出した。多分、理不尽に思ったんだな。同じ結婚という手続きをするのにも、ややこしさや気構えが大きく異なっていることで。




Comments
私も旧姓を使っております。はやく法改正が成立しないかなと待ち侘びる今日この頃です。仕事上の便宜をどうにかできないかというのと、あまりに議論が意味不明なところもあり、Webから夫婦別姓に関する資料をまとめたりしております。参考になれば幸いです。
Posted by: 夫婦別姓を待つ身 | 2004.06.30 at 01:44 PM
はじめまして。サイト拝見しました。仕事上では旧姓の使用は確かに不便ですが、この先もし夫婦別姓が認められても私自身は戻す気はありません。エントリにも「別に仕事で旧姓使えればよい」と書きましたが。
別に別姓がいけないと思っているわけではありません。その人のイエに対する考え方と姓の問題は関係しています。日本におけるイエは(というか特に私の親戚に関しての話ですが)一つの結束した集団で、結婚というのはあるイエから別のイエへと人が移動することという側面を持っています。そして姓というのはイエの象徴です。ばかばかしいと思われるかもしれませんが、私については2つの姓を使い分けることが、今までのベッタリとした排他的なイエに対する考え方を持つ人達に対して距離を置くことの役に立っています。
あと、私がもう少し珍しい名字だったら、姓に対する愛着もあるんでしょうが、残念ながら平凡な名字なので(笑)
Posted by: コバヤシ@管理人 | 2004.06.30 at 04:05 PM
確かに、姓はイエという集団に帰属している象徴になり、その帰属意識で安心をもたらす人もいるようです。そういう人たちは夫婦別姓の法制化に大反対なようで、頭を抱えています。そうした家に対する意識が戦前民法のままというのも結婚式や墓の習慣が固定観念を繰り返し強固にしているのかなあと思ったりします。
Posted by: 夫婦別姓を待つ身 | 2004.07.01 at 09:37 AM
いや、私の元のエントリにも書きましたけど、逆に夫婦別姓が元々のイエへの帰属を強めることも予測されるのですよ。今、一人っ子というのが珍しいものではなくなってきて、一人娘が別のイエに入ることを嫌がる人が夫婦別姓を進める動きもあったりするのです。更に、その子ども(つまりは孫)の名字をめぐっても実家同士で綱引きを行うことも容易に予想されるのです。要するに、夫婦別姓に反対している人と同じ理由で夫婦別姓を支持している人達が少なからずいそうなのです。その辺の動きを、夫婦別姓を進めている人たちがどう思っているのかを知りたいところです。実際に夫婦別姓を進めていた議員様の中にも、オウチの事情を感じさせる人がちらほらいましたし。
と今までの私のコメントを見てみると、カバネに帰属意識をもたらす人達に対し軽蔑の念を持っているように見えますが、別にそうではないです。そういう事情がある人もたくさんいるでしょうし。ただ、カバネだけで縛る人間関係というものの空虚さは感じています。
Posted by: コバヤシ@管理人 | 2004.07.01 at 10:19 AM
なるほど。宮崎哲弥氏の「生家主義的」との批判は見た覚えがあります。彼は昔から夫婦別姓を論破することがお仕事のようですから。また確かに頑ななフェミニスト(って誰?)からしたら、実家の事情で夫婦別姓を求めるなんて言語道断とされるかもしれません(苦笑)。
同姓でも別姓でもイエへの帰属が強い人もいれば、そうでない人もいます。氏の選択よりは、関係する人間によるのではないでしょうか。イエという集団=親族とは厄介なこともあるでしょうけど、嫌なことだけではないと思います。親密さとかプラスの面も無視できないと思いますよ。イエへの帰属の度合いは人それぞれでいいと思います。法的な影響力がなくて意識レベルのうちであれば。
親族とは持ちつ持たれつ、うまく適度な距離を保てるようにするのが難しいですが大切ですね。そうした葛藤もまた結婚には付きものの人間関係なのではないでしょうか。
Posted by: 夫婦別姓を待つ身 | 2004.07.02 at 12:27 AM
言い忘れたような。。。
夫婦別姓に賛成といってもいろんな事情や理由があります。
空虚な人間関係は確かに存在すると思います。それも個人差があり、賛否やその家族でくくるのは難しいと思います。民法改正の議論に混ぜようとするなんて、さらにです。どうもうまく伝えられているか不安ではありますが。
Posted by: 夫婦別姓を待つ身 | 2004.07.02 at 12:35 AM
それだけのバランス感覚をお持ちなら、別に同姓でも理不尽な苦労をされていないようにお見受けするのですが(笑)、それはともかく。
>法的な影響力がなくて意識レベルのうちであれば。
これが実際には難しいのですね(笑) 私は子供を持っていない上に、お互いの両親もまだ健在なので、まだ全然切実じゃないのだろうなと思います。私の実家だと、農家の感覚の名残か「うちのヨメ」とか「他所に行ったから」という言葉がまだ多いです。私の世代だと単なるサラリーマン家庭だし、今やどこも一人っ子や2人っ子しかいないじゃないかと思うので、そういう言葉に対してもはや違和感しか感じないのですが、違和感を言葉に出しても理解されるのは難しいです。今は「それでも別にいい」で済ませられますが、意識が行動を縛ることって結構ありますよ。
勿論、家族に対する考え方や夫婦に対する考え方は人それぞれで、それは尊重されるべきものです。そして、夫婦別姓の議論というのは、今の日本のさまざまな家庭観とリンクしている話です。結論がなかなかでないのは当たり前ですが、議論を尽くして欲しいと思います。
ここ、「夫婦別姓を待つ身」さんとずっと2人で話している状態ですね。私がそちらで話をすればいいんですかね。せっかくのブログなので、誰か話に入ってくればいいんですけどね。
Posted by: コバヤシ@管理人 | 2004.07.02 at 10:39 AM
長々と付き合っていただき、また理性的なご意見に心より感謝しております。何度もお邪魔してしまい、恐縮です。
私にとって氏の苦労が理不尽かどうかは気持ちの持ちようでなんともいえませんね。通称でもなんとかなると当初は思いましたが、会計処理、契約書、資格、あらゆる事象に直面して、仕事で使う名前は公的書類と一致させたいと思うようになりました。しかし法的な婚姻関係を放棄しなくてはならない法制度には疑問が残ります。
それで少しでも理論的に議論が進むようにと資料を集めたり、こうしていろんな人に相談してみて感触を探っているところです。なによりも根源的な問題は法的な選択肢がないことであると認識しています。それで「困る」人は絶えません。でもこれまでしてきたように単純に推進派と反対派と分けてイデオロギー論争をするのは不毛だと思います。そんなの、らちがあきませんから。法律問題として、選択肢がないままではどうなのかということを見つめていければと思っています。
Posted by: 夫婦別姓を待つ身 | 2004.07.02 at 12:14 PM
現在の法制度については、私も問題があると思います。私の知っている方も、長い間事実婚を続けた後で籍を入れました。財産のためでした。まだまだ婚姻や家族に対して世間の意識が低いと思います(「意識が低い」というのは、「今まで通りでいい」という意見ですらなく単に考えていないというだけで)。こういう問題は、自分が突き当たらないと痛感しない問題というのも大きいですよね。本当は、名字を変えざるを得なかった男性の声も必要なはずなんですが、聞かないのはなぜなのでしょう?
実は、このエントリについて今まで誰もコメントがなかったのが残念でした。もっと物議をかもすかと思ったのですが、このブログは普段は社会的問題はおろか、アホなエントリばっかりなので、そのせいかなと思ったりして。本当にありがとうございました。そちらのブログにもちょくちょくお邪魔させてもらいます。
Posted by: コバヤシ@管理人 | 2004.07.02 at 02:09 PM
大変勉強になりました。
私も”選択肢”がないということは
非常に問題だと思います。
改姓でも別姓でも
それは個人個人で決めればいいことで
法律でしばられるようなことでは
ないように思いました。
Posted by: vanilla | 2007.08.02 at 09:40 AM